「ターン」

大学時代、時々サークルの友達とこんな話をした。
「自分は、いったいどんな人と結婚するんだろう」
そしてお互い言い合った。
「もしかしたら、この学食のなかにいるかもよー」
「あそこでチャーシューメン、食べてる人かもしれないね」
「ここにいるかもしれないし、いないかもしれないし」

今、考えると謎なのだが、その当時はみな、
「すでに知り合った人と、意外なかたちで結ばれる」(ただの友達や知り合いでも)
ような気がしていた。
が、世の中は意外と広い。
その後、当時すでに知り合っていた人と結婚したというパターンはわずかで、
大半は卒業後に出会った人と結ばれていた。

私もその一人なのだが、長期的に考えると「なぜこの人と出会ったのだろう。結婚したのだろう」という不思議な思いと、「やはりこの人と結婚するのが、生まれた頃から決まっていたような気もする」のである。
(それにしても、私の夫は私にはもったいないぐらい素晴らしい人なので、
「これは遠方の親戚が、先祖代々の墓をいつもキレイに掃除してくれているからに違いない」
など何やらスピリチュアルな方向にまで考えをめぐらせてしまう。)



そんな男女の縁、人間の縁というものに夢を与えてくれる小説、それが北村薫著「ターン」である。
北村薫の「時の三部作」=「スキップ」「ターン」「リセット」は、いずれも「時間の穴」にスッポリとはまってしまい、あがく主人公の姿を描いた物語だ。
1分前まで平穏な生活を送っていた人間が、突然そこから切り離され、家族や友との別れを余儀なくされてしまう。
一見悲劇のよう・・・いや、間違いなく悲劇の物語たちなのであるが、読み進め、主人公とともに時間旅行をするうちに、自分がかけがえのない人と出会ったことの偶然さ、不可思議さ、そして大切さを痛感させられた。

なかでもこの「ターン」は、「運命の人との出会い」を夢見ていた、あの頃の気持ちを思い出させてくれた一冊である。


版画家・森真希は、カルチャーセンターで版画を教えたり、画廊に作品を持ち込んだりと多忙ながら、アーティストとしていまひとつ先の見えない日々を過ごしていた。
そんなある日、真希は交通事故に遭う。前方に突然割り込んできた乗用車。その瞬間、真希の乗った軽自動車はひっくり返る。
そして同時に、真希自身の時間もひっくり返るようになってしまった。

毎日毎日、事故の起きた時刻になると、一日前にくるりんと戻ってしまう。
「このままどうなってしまうの?」と不安にさいなまれながらも、その「くるりん」を繰り返す日常生活にも次第に慣れ、時が止まったレストランで食事をすませたり、店員のいない高級ブティックで、今まで着たこともない服を買ってみたりもする。
(何しろ「くるりん」が続く限り、お金が減らないのだから)

しかし何をしても、時間とも人ともつながれない真希は、「ただその日を生きている」というだけで、嫌でも孤独を味わうことになる。
私はこのままずっと一人なの・・・?

出口のない不安感を抱えたまま迎えた150日目、信じられないことに、家の電話が鳴った。
いったいどこから?
それは、「くるりん」のない、一日一日確実に過ぎていく世界からの電話だった。
イラストレーターを生業とする、一人の見知らぬ男性からの電話だった・・・。

・・・この男性と、真希との会話がいいんだよねえ。
男性が受話器を置いてしまったら、真希は二度と現世とつながれなくなるものだから、真希は必死に男性に「この電話を切らないで!」と懇願する。
そうしているうちに、二人の間には当然、他者同士にはない絶大な信頼関係が生まれてくる。
この過程が、とてもとても、美しい。

物語終盤に、とてつもない悪人が突如登場するが、
この物語を読んでいると、人を心から信じたくなる。信じてみたくなる。
素直に、「ああ、この話、好きだなあ」とつぶやいてしまう作品だ。

もし私が「くるりん」の世界に行ってしまったら、夫は電話をかけてくれるだろうか。
そして、それを私は受け取れるだろうか。
とりあえず、夫が「くるりん」の世界に行ってしまったら、私はひたすら電話をかけつづけよう。






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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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