「鍵のない夢を見る」

 「良枝はさ、昔から人生設計が階段階段って感じで、踊り場がなかったのかもしれないね」
 「どういうこと?」
 理彩の顔に苦笑のような笑みが浮かんでいた。
 「誰かと付き合いたい、-付き合った。付き合ったら一緒に住みたい。一緒に住んだ。住んだなら結婚したい。結婚する。常に先へ先へって進む感じで、その段階段階の遊び部分になる踊り場がない気がする」

 (本文引用)
________________________________

 私の職場のビルには、非常階段がある。
 
 各階の隅にある重い扉を開けば、いざという時にその階段から下りられるのだが、なぜかこの階段、扉の外から開けることはできても、中から、つまり非常階段側からは開けることができない。
 そんな構造になっているとは知らない社員が、うっかり非常階段に閉じ込められることも多く、悲鳴を聞いてドアを開けたら、涙目になった最高顧問が出てきたという話もあった。
 そしていつの間にかその扉の存在は忌み嫌われ、社員たちの意識から消されていった。

 「鍵のない夢を見る」・・・今や固定ファンも多い辻村深月の直木賞受賞作だが、私はこれを読み、その非常階段の扉を思い出した。


 この作品は5つの物語からなる短編集なのだが、登場人物たちは、いずれも厳重に閉じられた自分の部屋に頑なに閉じこもっている。 そして、初めのうちは外から扉をこじあけてくれようとした友人や恋人も、次第に開けることを諦める。そうすると開ける術はもう、ない。
 この一冊には、そんな「鍵」をなくした者たちの悲劇が、ギッシリと収められている。
________________________________

 たとえば一話めの「仁志野町の泥棒」。ここには、母親が盗癖をもつ小学生の女の子が登場する。
 そのことにクラスメートたちは心を痛める。この子と友達でいるべきか否か。
 しかし大人たちは、あちこちで繰り返される空き巣被害を警察に届けることもせず、わが子には「友達でいなさい」と説く。
 一見、ハートウォーミングな計らいに見えるが、子供たちはその「ハートウォーミング」という檻に閉じ込められたばかりに、さらに深く傷つくこととなる。


 また四話め「芹葉大学の夢と殺人」には、人生を迷走するカップルが登場。
 ひとりは、逆立ちしても到底叶うわけのない夢を大いばりで語る男子学生。
 そしてもうひとりは、そんな彼に唖然とし、自らは堅実な道を歩みつつも、彼を見捨てることができずにズルズルと付き合う女子学生だ。
 彼は、くだらないプライドで塗り固められた牢獄から出られない、いや出ようとしない人間であり、彼女はその扉を開け、何とか彼に現実を見させようとする。
 しかし、その牢屋もまた鍵のない部屋。
 ついに扉を開けられることのないまま、最悪の結末を迎える。
__________________________________

 物語は他に、放火、ストーカー殺人、育児ノイローゼなどがテーマとされているのだが、これらを全て読み終えたとき、私は登場人物たちのあまりのだらしなさや身勝手さに義憤を感じ、心底呆れた。そして「こんな物語、忘れてしまえ。何が直木賞だ」と怒りすら覚えた。
 しかし読み終えて時間が経っても、なぜか1つひとつの物語が頭から離れない。

 「私は、彼らとは違う人間といえるだろうか。何ものにも囚われていない人間といえるだろうか」という疑念が湧いて仕方がないのだ。

key.jpg
 良き隣人であろうとするがために、良き母親であろうとするがために、いつの間にか大きな過ちを犯していないか。
 「なりたい自分」「あるべき自分」などという薄っぺらい理想像を、自身に押し付けてはいないか。
 自分で自分を閉じ込めた牢屋の鍵を、つまらないプライドや虚栄心のために投げ捨てていないか。
 扉をノックしてくれる人の声を、無視してはいないか。


 そう考えると、開いた口がふさがらない思いで読んでいた登場人物たちが、どれも自分自身に思えてくる。
 そして言いようもない戦慄が体中を襲う。

 明日の私は、彼らのうちの一人かもしれない、と。


 -今、私は考えている。
 近いうちに、家族や友人にこの本を読んでもらおう。そして図々しいようだが、こうお願いしよう。

 もし私が自分の部屋に閉じこもってしまったら、何としてでも鍵を開けてほしい。
 彼らのようなラストを迎えないようにするためにも、と。

詳細情報・ご購入はこちら↓

関連記事

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

「鍵のない夢を見る」辻村深月

普通の町に生きる、ありふれた人々がふと魔が差す瞬間、転がり落ちる奈落を見事にとらえる5篇。現代の地方の姿を鋭く衝く短篇集 第147回直木賞受賞作品。連作でなく五人の女性の五つの物語で構成された短編集です。 とある地方都市に生きる女性たちの、ささやかな夢と日常を描いていく始まり方です。 ひきこまれやすい導入部分から、風景も描きやすく読みやすかったです。 人の感情の細かい部分をすくいあげ...
プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

最新記事
シンプルアーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR

書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カテゴリ
広告
記事更新情報
リンク
広告