「野蛮な読書」

 まずいものは、はからずも「できてしまう」ものである。はなからつくろうと思ってできるものではない。逃れようのない状況で喘いでいるとき、こころがここにないとき、なにかがずれてしまったとき、階段を転がり落ちて倍々ゲームのようにまずさは膨らんでいく。なぜか軌道修正もままならない。当の本人は気づかなくても、おなじ釜の飯をともにしてきた家族にははっきりとわかる。まずさという違和感、ざらつきは、おいしいときよりはるかになまなましく刻みこまれるのだ。
(本文引用)
______________________________

 「読むこと」は「食べること」と似ている。
 まず装丁を見て目で喜び、ナイフをズブリと入れるように表紙を開けば、文字が挽肉のごとくギッシリと詰まって我々を迎えてくれる。
 そしてジューシーな肉汁よろしく感動があふれ出る。至福の時だ。

 しかし、かつて誰かが「思い出だけではお腹が空くわ」と歌ったように、文字だけではお腹は満たされない。かといって食べ物だけでは、生ける屍のような気もする。
 それならば両方叶えてしまえ、というのがこのエッセイ「野蛮な読書」である。
___________________________

 食文化ジャーナリストであり、食にまつわる軽妙洒脱なエッセイで定評がある平松洋子。
 「Bunkamura ドゥ マゴ文学賞」受賞という経歴を持ち、著書のタイトルも「夜中にジャムを煮る」「サンドウィッチは銀座で」など、それだけ聞くとそこはかとなく「クロワッサン」的な、おっとりと憂き世離れした印象があるが、おっとどっこい、毛筆でかすれも気にせず、一気に文字を書くような勢いのある文章を書く人だ。
 その荒波のような文章に、読んでいる方もグイグイ引きずられ、息も絶え絶えにラストにたどり着くこともしょっちゅうである。

 いったいこのエネルギッシュな筆致は、どこからもたらされるのか。
 常々疑問に感じていたが、このエッセイを読んでわかった。その源は、食と書物、いやそれだけでなく生きることそのものを味わいつくそうとする貪欲な姿勢なのである。
_____________________________

 本書では、料理本からエッセイ、純文学まで100冊以上もの本が紹介されているが、平松氏の、それらの本への耽溺ぶりがすごい。
 モスバーガーで両隣の客が変わっていたのにも気づかず開高健の戦場ルポに読みふけり、文豪を父にもつお嬢様対決として幸田文と森茉莉を徹底比較しては、書店で存分に本を買うことのできる贅沢に思いをめぐらせ、断食道場にて煩悩を振り払うがごとく活字の海にドボンと飛び込む。
 そしてあるときは、官能小説の豊かすぎる表現のオンパレードに慄き、かと思えば、南伸坊による「本人の身になった」顔マネ本を見て悶絶する。

 子供の頃に、一人きりになれる蒲団(複数人が入れるこたつではなく)にもぐりこんで読書をし、部屋にいながらにして空を駆け巡ることのできた快感が、平松氏が読書にとりつかれたきっかけというが、その「書を愛して止まない」、「本がなければ死んでしまう」とばかりにゴクゴクガツガツと読む様は、呆れるやら羨ましいやら、いやただひたすら羨ましく痛快だ。






 なかでも面白かった・・・と言おうか、本への入り込みように感動したのが、「小説の一場面を実際にやってみた」体験談だ。

 三浦哲郎著「忍ぶ川」にて、男性が女性に
 「雪国ではね、寝るとき、なんにも着ないんだよ。生まれたときのまんまで寝るんだ。その方が、寝巻なんか着るよりずっとあたたかいんだよ」
 と語るシーンを読み、「え?」と驚いた当時高校生だった平松氏は、「試しに蒲団のなかでこっそりパジャマを脱いでみた」という。
 しかし結局寒いだけで、再びパジャマを着るはめになり、「いまでも、あのとき蒲団のなかでもそもそとパジャマを着なおしてボタンを留めたときのばつの悪い気分」を思い出すと、おかしく、せつない気持ちになると平松氏は語る。


 
 つまりは、このセリフは男性の殺し文句だったわけであるが、それを実際にやってみる、というところに私は大笑いしつつも、「私は果たして、一冊の本にそこまで入り込んだことがあるだろうか」とわが身を振り返った。そして清々しい敗北感が全身を吹き抜けた。

 前述したとおり、平松洋子氏は食文化ジャーナリストであるだけに、本だけでなく食にまつわるエッセイも秀逸だ。
 そこで戌井昭人著「まずいスープ」の内容を引いて、当レビュー冒頭で書いた感想を述べているのであるが、この「まずいもの」に対する慧眼は、本に対しても同様なのであろう。
 「うまいもの」も「まずいもの」も、すなわち「面白い本」も「つまらない本」も味わいつくしているが故に、自分の感覚を信じて感じたがままを書ききり、一人よがりになることのない説得力のあるエッセイを書けるのだ。
 そして平松洋子氏は、おそらく「面白い本」だけでなく「つまらなかった本」をも愛している、つまり本という存在そのものを心からしびれるほど愛しているのではないだろうか。

 「野蛮な読書」を読み、私は平松氏および全ての本への敬意を新たにし、そして私もさらにガツガツと野蛮に本をしとめていきたいと決意した次第である。

 平松さん、ごちそうさまでした。




詳細情報・ご購入はこちら↓
【送料無料】野蛮な読書

【送料無料】野蛮な読書
価格:1,680円(税込、送料別)



 ちなみに「本の雑誌」2012年8月号(創刊350号!)にて、
平松洋子氏による
「私のオールタイムベストテン ずっと手に取り続けている本」
が掲載されています。
 少ないページ数ながら、果てのない活字の海に溺れそうな大満足の内容です。↓


関連記事
プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

最新記事
シンプルアーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR

書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カテゴリ
広告
記事更新情報
リンク
広告