「すべては今日から」

 「今日まで半世紀以上にわたって、僕は事あるごとに、また何か決心したり、事を始めるときには絶えずアプ・ホイテと心の中で何度も唱えるのが口癖のようになった。あのアリババと盗賊の“開け!!ゴマ”ではないが、“アプ・ホイテ”は僕にとって未来への扉を開く勇気をもたらす、いわば呪文のようになったのだ。」
(本文引用)
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 紳士、誠実、スマート・・・こんな言葉を聞くと、真っ先にこの人の顔を思い出す。
 俳優・児玉清さんだ。
 人気ドラマやクイズ番組で人気を集めた児玉さんは、言わずと知れた芸能界きっての読書家。
 約20年続いたNHKBS「週間ブックレビュー」は、児玉さんがいたからこそ成り立っていた番組といえよう。

 その児玉さんが逝去されてから、早くも1年が過ぎた。
 どことなく世の中にポッカリと穴が開いたような気持ちになるが、今もなお児玉さんは、温かい真っ直ぐな目で世の中を見つめている。

 そんな児玉清さんのエッセイ集「すべては今日から」
 自他共に認める“本の虫”であった児玉さんは、どんな本を愛したか。
 本を通して、世の中をどう見ていたか。
 本書は、生涯本を愛し、本に愛された“情熱紳士”の魂の宝箱ともいえる一冊である。


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 まず、児玉さんの人生に最も影響を与えた一冊とは、シュテファン・ツヴァイク著「人類の星の時間」だという。
 この作品は、ゲーテやナポレオンなど数々の天才の姿を通して、世界史が変わった運命的な瞬間を描き出したものだが、児玉さんはそこから「運命のいたずらや魔神に翻弄される人間の複雑さ」を見出し、本の素晴らしさに目覚める。
 そして何とツヴァイクの作品を原書で読みたいがために、大学で独文科を専攻。読書への情熱は、さらに高まっていく。

 本書で紹介されているのは、それから半世紀以上にわたって児玉さんの人生を彩ってきた本の数々だが、その紹介の仕方が実に熱っぽく、「児玉さんは何と心弾む豊かな人生を送ってこられたのだろう」と思わず頬が緩む。


 
 そんな教養の深い児玉さんが耽溺した本なのだから、さぞかし難解な敷居の高いものが紹介されているのであろう・・・と思いがちだが、あにはからんや、意外とエンタテインメント性の高い本である点が嬉しい。
 ジョン・グリシャム、マイクル・クライトン、ダン・ブラウンといった、映画化必至のベストセラー作家をはじめ、藤沢周平、玉岡かおる・・・と、すんなりと心に沁みる作品をたくさん生み出している作家について、しばしば興奮気味に語っている。
 本当は難解な古典文学にも造詣が深いのであろうが、そこを敢えて避け、誰でも楽しめそうな本に絞っている点に、児玉さんの人柄がうかがえる。

 また、さらに興味深いのが、「本は児玉さんにとって最高の師であり友である」という点だ。
 俳優という職業から、一般人では想像もできないような浮き沈みも経験されていることが文章から読み取れるが、そんなときも児玉さんは、本に助けられている。
 特に印象に残っているのが、映画会社から「もう君は売らない」と宣告され途方にくれたときに、航空力学の博士による「人類初の有人動力飛行」の本を読んだ件だ。
 その本から、児玉さんは「ライト兄弟と同じく、不安定な俳優の道を、しっかり操縦して飛ぶのだ」と決意したという。
 書物というものは、何と人生を喜びと勇気に満ちたものにするのか・・・私は胸が熱くなり、涙が滂沱のごとく流れた。

 本書には、その他、「本が重すぎて飛行機に乗り遅れた」といった本にまつわる失敗談や休日の至福の読書、そして現代の世の中への苦言などが載せられており、時に笑い、時に大きくうなずきながら、「人間・児玉清」の様々な素顔を覗くことができる。
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 本書のタイトル「すべては今日から」は、ドイツ語の「ab heute(アプ・ホイテ)=今日から」という言葉からつけられた。
 ツヴァイク読みたさに独文科に進まれた児玉さんが、もっとも衝撃を受けたドイツ語、それが「アプ・ホイテ」。
 その言葉に出会って以来、ずっと児玉さんは「アプ・ホイテ」と心の中で唱え続けていたという。
 そう、常に「すべては今日から始まる」と。

 児玉さんの凛とした立ち姿と穏やかな瞳は、名声を確立してもなお「すべては今日から」と姿勢を正す謙虚さから来るものだったのであろう。まったく頭の下がる思いがする。

 愛書家・児玉清氏のエッセイは、ブックガイドとしてだけでなく人生のガイドにもなり得る、この世への最高の贈りものなのだ。
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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