壁の男  貫井徳郎

評価:★★★★★

  「才能がある人の方が、ない人より偉いなんて誰が決めたんだ、って。才能があるから偉いんじゃなく、何をするかが大事なんだって」
(本文引用)
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 泣いた、ひたすら泣いた。全ての感情を排除して、ただ泣くことしかできなかった。

 表紙の帯には「貫井マジック」と書かれているが、これは貫井徳郎という作家のマジックではなく、人間の心がなせるマジックであろう。人の心の「温もり」というものがなせるミラクルであろう。
 それを貫井徳郎という小説家が、真摯に丁寧にすくい取り、鮮やかに描き出したのだ。

 町中に描かれた壁画は、いったい何を示すものなのか。その壁画を手がけた男は、なぜいつまでもどこまでも、絵を描きつづけるのか。
 その裏には、男の数奇な人生と、その数奇さに振り回されない頑ななまでの誠実さが隠れていた。



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 舞台は、ある小さな田舎町。そこには、至る所に壁画があった。その絵はどれも、決して巧いとは言えないもので、幼稚園か小学校低学年レベルのものだ。
 ノンフィクションライターである「私」は、その壁画の作者である「伊刈」という男に取材を試みる。
 伊刈はなかなか口を開かないため、「私」は伊刈の周辺の人物を慎重に当たる。
 そうするうちに、伊刈が絵を描き続ける理由が明らかにされていく。

 貫井徳郎作品は、「愚行録」等、登場人物の過去や知られざる素顔を静かに剥がしていくものが多い。
 この「壁の男」も同様なのだが、これはちょっと異色な気がする。

 その理由は、吸い込まれそうな高尚さにある。登場人物の過去や素顔を暴く小説というと、私などは下世話な好奇心ムンムンで読み進めてしまうのだが、これは到底そんな気にはなれなかった。

 単純な興味で、相手に近づいてはいけない。相手の秘密を乱暴に暴くようなことをしてはならない。
 彼を冒涜することは、自分を冒涜すること。引いては人間を冒涜すること。

 伊刈が壁に絵を描きつづける理由や、伊刈が絵画に込める思い、そして伊刈の生き方は、そんな畏怖の気持ちを抱いてしまうほど美しいものなのだ。

 だからこそ、私は涙が止まらなかった。伊刈という男の過去をのぞき見する気持ちでページを繰った己の情けなさと、伊刈という男の崇高さ、そして辛くとも生き抜かねばならない人生の皮肉と生命の輝きに、私はもうひたすら泣いた。小説を読んで、こんなに涙をボタボタとこぼしたのは、いつ以来だろう。

 人にはそれぞれ、誰も知らない事情がある。その人にしかできない生き方があり、その人にしかない正解がある。たとえそれが一般常識から見て滑稽で間違っていたとしても、決してそれを侵したり踏みにじったりしてはいけない。
 
 今日も町で絵筆を動かしつづけているであろう「壁の男」の人生は、そんな真実を教えてくれる。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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