遠い唇  北村薫

評価:★★★★☆

  これが、どれほど重いものか。それとも、ただの、いたずら書きか。読み解いていたら、あの人はどうなっていたのだろう。
(本文引用)
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 まず、この本、帯に書かれたコピーが良い。

「小さな謎は、
大切なことへの
道しるべ。」



 時々、帯の宣伝文句が大げさで興ざめすることがあるが、このコピーは言葉のトーンといい主張といい、本書を非常によく表している。
 派手な言葉を並べ立てなくても、コピーを書く人が内容に深い愛情をもっていれば、地味でも人を惹きつける帯になる。それがよくわかるコピーだ。



 さて、その「大切なこと」につながる「小さな謎」とは何だろうか。
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 本書は7篇からなる短編集。その多くは暗号を解くミステリーだ。

 葉書に書かれたアルファベットの羅列、空白に和菓子を置くとメッセージが見えてくる俳句、江戸川乱歩の「二銭銅貨」をさらに発展させた暗号、謎のダイイングメッセージを残した死体・・・。

 他、恋人のちょっとした異変から謎を暴こうとするミステリー等もあるが、ほとんどが暗号を扱ったものだ。

 北村薫の小説は、読み手の深い教養のようなものが試される。本書のなかでその香りが最も高いのは、最終話「ビスケット」だ。
 
 ある日、日本通のアメリカ人ミステリー作家が殺される。
 ふと見ると、彼の右手が不自然な形を作っている。

 奇しくも、亡くなる直前にダイイングメッセージについて話していた彼は、自らそれを実践することとなったわけだが、発見者たちはなかなかそのメッセージの意味をつかむことができない。
 人差し指・中指・薬指の3本をピッタリとくっつけ、親指と小指を左右に開いた右手・・・。これはいったい何を意味するのか?

 私はこの暗号に関する「ある芸道」については全くの無知だ。よって、謎解きを読んで膝を打つ・・・というよりも、「そんな世界があるのか~」としばしボーッとしてしまった。と同時に、「これぞ北村薫作品を読む醍醐味!」という喜びが体の奥から湧いてきた。
 北村薫の小説は、いつも読書を通して見聞を広めることを実感できる。だから大好きだ。

 物語として最もジンときたのは、第2話「しりとり」だ。

 ある女性が、亡くなった夫の遺したものから謎のメモを発見する。夫は国語の教師だったという。
 それは和菓子の包み紙に書かれたメモで、どうやら俳句らしい。しかし、そのうち17文字が書かれていない。
 その俳句は、妻と出会ったときのエピソードを語ったものらしいのだが・・・?

 このラストには、思わず涙がこぼれた。暗号という奥ゆかしくも茶目っ気たっぷりのかたちで、大切な人に大切な気持ちを伝える。
 それを思い付いたとき、それを書きつけたとき、いったいどんな気持ちだったのかと想像すると、胸がギュウウッと痛む。
 短いながらも、謎解きの面白さとストーリーの滋味豊かさをじっくりと堪能できる、素敵な一話だ。

 北村薫作品を読むと、ミステリーで頭の中の掃除はもちろん、心まで洗い流されるような気持ちになる。
 最近、リアリティを追求する故か、乱暴な言葉遣いでセリフが書かれている小説が多い。
 そんな時代のなか、北村作品は「今時、こんなに綺麗な言葉遣いで話す若者がいるの?」と言いたくなるものばかりだ。
 
 しかし、だからこそ北村薫の小説には大いなる価値がある。時代や、自分の心が粗野になっていると感じたら、私は北村薫を読む。そうすると背筋を伸ばし、丁寧に人生を歩き出すことができる。
 だから、北村薫の小説が変わったり無くなったりしたら、私は困ってしまうのである。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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