「ディーセント・ワーク・ガーディアン」 沢村凛

 「早く目的地に行きたくて、つい急ぎたくなるだろう。だけど、オーバーペースは息が切れる。結局は、からだを壊して山を下りなきゃいけなくなる。だから、あせっちゃいけない。時には座って休憩したり、寝転んで眼に映る景色を楽しんだり、そんな時間ももつほうがいい。そしてまた、立ち上がったら、ゆっくりと進むんだ」
 「うん。そして、いつも確かめなくちゃいけないんだよね。間違った道に入り込んでいないか・・・」
(本文引用)
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 2012年4月29日。GWに人々は浮き立ち、行楽日和だったこの日、痛ましい事故が起きた。
 45人を乗せた夜間高速バスが関越自動車道で防音壁に衝突し、大破。7人が死亡した。
 原因は、運転手の居眠りにあるとされており、運行会社の運行計画や労務管理が適切だったかどうかが問われている。

 高速バスによる事故は後を絶たない。そしてその多くが、運転手の過労が原因である。

 その背景には、まず「競争の激化」が考えられる。

 労働基準法で運転時間や休息等について細かく定めてはいるものの、日々激しくなる市場競争のなか、「それを厳密に守っていたのでは経営が成り立たなくなる」という心理が働くのも無理はないだろう。
 生産者同士の競争は、私たち消費者にとっては一見喜ばしいことに思える。
 しかしそれは、生産者にとってはより厳しい経営を強いられることであり、次第に過重労働へとつながり、結果的には消費者共々大きなものを失う結果となる。

 そんなことを考えさせる事故が起きた今、この本を紹介したい。
“The Decent Work Guardian”-「まっとうな仕事を保護・管理する人」が遭遇した、ミステリー連作短編集である。


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 主人公・三村は、労働基準監督署で主任監察官を務めている。
 数々の職場を訪れては、適切に安全に労働が行われているかを指導・監督し、労働現場で事故などがあれば原因を明らかにすべく調査をし、そこで労働安全衛生法違反などが考えられれば特別司法警察員として捜査も行う。
 
 たとえば、
 作業員が足場の解体現場から落ちて死亡した、小さな工務店。
 一見、法定労働時間を忠実に守っているように見せかけ、実は社員が別室で持ち帰り残業をしていた印刷会社。
 いびつな人事制度から、個人業績を上げたいがために法律違反が横行する一流菓子メーカー。
 若くして起業し、天才的な手腕で会社を拡大させつつも、労働環境など考えたこともなく会社を解散させてしまう青年実業家。
 地域別最低賃金を下回る時給でパートタイマーを働かせる総菜屋
 安全に十分注意が払われていたはずの作業場で、従業員の思いもよらない行動により殺人事件が起きてしまう工場・・・。

 三村が捜査に関わったこれらの企業および経営者は、どれもこれも経営者や労働者による「ちょっとした」労働法違反や心のスキにより、「ちょっとした」ものではすまされない重大事件を起こしてしまった者たちだ。

 特に悪質なのが、第3話の「友の頼み事」
 大手菓子メーカーの派遣従業員が、資格も持たないのに危険な作業をやらされ、負傷してしまう。
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 それが知れると管理者である部長の人事評価に響くために、部長のIDカードを使って病院に行かせる。
 さらに悪いことに派遣会社も、派遣先に迷惑がかかっては経営に悪影響を及ぼすと事故隠しに奔走し、従業員に自費診療をさせる。
 そしてその隠蔽の犠牲になった従業員は、とんでもない事件を引き起こす・・・。


 こうして、一見小さな1つの法律違反が連鎖することで、会社全体、社会全体、そして人命にまで影響を及ぼす様は、あまりの恐ろしさとあまりの現実味に鳥肌が立つほどだ。
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 この小説は、労働法と事件を緻密に掛け合わせたという点で「今までにないミステリー小説」という見方がされているが、実はミステリーの本質、原点を突いたものではないだろうか。

 なぜ事件は起こるのか。
 誰もが平穏な暮らしを求めているはずなのに、牢屋で人生を送りたいはずはないのに、なぜ人は事件を起こしてしまうのか。

 それは、人は平穏な暮らしが脅かされるのを、最も恐れているからだ。

 平穏な暮らしを保つもの、それはまず「生活の保障」であり、「労働の確保」だ。

 そして人は、それが崩される危機に直面したとき、事件を起こす。
 
 考えてみれば、日々報道される事件・事故は、その多くが「生活の保障を脅かされた者」によって引き起こされているではないか。
 ただの損得や怨恨などではなく、生活の保障を脅かされたことによって事件を起こす。
 これこそ世の中の事件・事故の本質であり、それを鋭くえぐった本作品は、他人事とは思えないリアリティと、人間という存在そのものに対する誠実さを感じさせる。

 最終話、三村自身が人生の岐路に立たされ、生き方を考え直すこととなるが、そのときに言われた言葉が「12条」を思い出せ、だった。
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 12条とは、労働基準法12条でもなく、労働安全衛生法12条でもない。憲法12条である。

 「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」

 “The Decent Work Guardian”-「まっとうな仕事を保護・管理する人」を描いたこの物語は、“The Decent life”-「まっとうな生活」とは何かを改めて考えさせてくれる。
 労働者のみならず、生きている人全員に読んでほしい良書である。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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