万引き老人 ~「貧困」と「孤独」が支配する絶望老後~  伊東ゆう

評価:★★★★★

失うものがない人間は、一番強い――誰かに聞いた言葉を思い出した私は、その「強さ」の意味を考えてみたが、なにも答えは出てこなかった。
(本文引用)
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 読んでいる間、外の音が何も聞こえなかった。

 テレビの音や家族の声があふれる部屋で読んでいても、人々の話し声や洋楽のポップスが流れる喫茶店で読んでいても、この本を読んでいると、音も光も届かない洞窟の奥深くに閉じ込められているような気がした。

 そして気づく。「絶望」とは、永遠にその洞窟から出られない状況のことをいうのだ、と。その洞窟から出ることが、とうてい想像できない状況のことをいうのだ、と。

 そこから脱出できる唯一の希望は、「死ぬこと」。

 本書に出てくる「万引き老人」たちは、まさにそのような者たちだった。



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 著者・伊東ゆう氏は、現役の万引き保安員。いわゆる「万引きGメン」だ。
 氏は16年間で4000人以上の万引き犯をつかまえてきたが、本書では特に老人に焦点を当てて、原因と予防策を探っていく。

 読んでいてまず驚くのは、「『老人の万引き』には、「『老人の万引き』にしかない動機がある」ことだ。つまり、若者の万引きとは明らかに異なる動機がある、ということだ。

 万引きする老人の多くは、本書を読む限り「圧倒的な貧困」に苦しむがゆえに犯行に至っている。
 貧困ビジネスに騙されたり、事業に失敗し家族が離散して自暴自棄になったり・・・。
 その結果、所持金が20円にも満たない状況で空腹にあえぎながら、おかずを盗む。まあ、そこまでは何となく、万引きの動機としては想像がつくであろう。

 しかし問題はここから。お金があるのに万引きをする老人というのが、結構多いのだ。

 なかでも目をむいたのは、大手不動産会社の相談役を務め、高級車でスーパーに乗りつけ、財布に何十枚もの一万円札を含ませながら万引きをした男性だ。しかも、盗品からは常習性も感じられるという。
 何とその男性は、犯行の理由を訊かれて、こう答えたという。 

「町内会の会合で配って、みんなに喜んでもらおうと思ってさ」


 著者は、社会的地位が高かった「万引き老人」は虚栄心が強く、そのプライドや承認欲求を満たすために万引きをするケースがあるのではないかと分析する。
 お金はあるけど、もったいないから使いたくない。もったいないからお金は使いたくないんだけど、周囲からは羽振りの良い人と思われたい。そのためには、他人である「店」の痛みなどどうでもいい。
 そんな、恐ろしいほど傲慢で身勝手な万引きが、この世に結構な数で存在する・・・その現実にはただただ慄然とした。

 このような動機は、万引き少年・少女の間では、あまり見られないものではないか。
 近年、若者の間では万引きは減少し、その代わり「振り込め詐欺」にシフトしているという。よって、若者が万引きに走る理由は「スリルと遊興費欲しさ」であることが想像できる。

 しかし、老人の万引きの陰には、こんな動機もあるのだ。
 お金を使うことなく、あふれ出る虚栄心と承認欲求を満たす――そんな腹立たしくも虚しい万引きがあるとは、本書を読むまで考えもしなかった。
 このような実態は、実際に何千人も万引き犯を捕らえてきた著者だからこそ書けるものなのだろう。

 また、万引き犯の状況によって、店舗側の対応が様々であることも新鮮な驚きだった。
 刑務所に入り寝床を確保したいがために万引きをする者、残された家族のために警察だけは勘弁してほしいと懇願する者・・・。
 もちろん、万引きは立派な犯罪なので、基本的には警察に通報なのだが、店側は意外なほど、犯人の生活状況や態度によって対応を丁寧に変えている。
 
 加害者と被害者とはいえ、それらのエピソードからは「血の温かさ」のようなものが感じられ、絶望だらけの現実を救っている。
 それだけに、終盤の「店長の態度から起きた悲劇」は辛いものがあったが・・・。

 貧困、プライド、認知症・・・万引き老人たちの動機は様々だが、そこから透けて見えるのは、「死ぬことよりも生きるほうが辛い」という現代日本の状況だ。
 もちろん、ほとんどのお年寄りは万引きなどせず、分相応の生活を心がけ清廉潔白に背筋を伸ばして生きている。
 しかし、現代の日本に暮らす者として、この万引き老人たちの姿はどこか他人事ではないものを感じる。

 この社会で快適に暮らしていくにはどうすればよいか。そして、生きるのが辛いような世の中を、どのようにすれば少しでも変えられるのか。

 奥深い洞窟のような社会を象徴する 「万引き老人」たち。
 彼らの実態は、そんなことを体の芯から考えさせる。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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