海の見える理髪店  荻原浩

評価:★★★★★

きっと私はなんでも鏡越しに見ていたんだと思います。真正面から向き合うとつらいから。
(本文引用)
_____________________________

 言葉が見つからない。この短編集を称賛する言葉が、どうしても見つからない。

 何て美しくて、優しくて、悲しくて、崇高で、気高い物語なのだろう。 今まで様々な小説を読んであふれた感情を全部かき集めたら、この本を読んだ時の気持ちにようやく追いつくだろうか。それぐらい、猛烈に心を動かされる一冊だった。

 この本が直木賞を獲ったら、私は直木賞を思いっきり見直すだろう。たとえ獲らなくても、私から何か賞を授けたい(相手は別に嬉しくもないであろうが・・・)。
______________________ 



 本書は6篇から成る。連作短編といったものではなく、それぞれ完全に独立した物語だ。

 しかしただ一つだけ、大きな共通点がある。それは「惜別」。別れてしまったあの人にもう一度会いたい、もう二度と会いたくないと思って別れたのに、やはり会いたくて仕方がない。そんな「別れを惜しむ人たち」の物語だ。

 夫に愛想をつかし、乳児を連れて実家に帰る女性、自分の一言で子どもに障害を負わせ、妻子を失った瞬間の時刻を見つめつづける時計職人、交通事故で中学生の娘を失い、心の時間を止めたまま娘の成人式を迎える夫婦・・・。

 皆、大きな別れに心を切り刻まれ、ぬかるみから足を引っこ抜くようにしながら人生を歩んでいく。その姿はただただ辛いが、読むうちに、その「別れ」があってこそ見えてくるものが現れてくる。

 こんな風に書くと、単純なお涙ちょうだい小説に思えるかもしれない。「失ったからこそ見えてくるもの」なんて陳腐な物語に思えるかもしれない。

 しかし、この小説に現れる「別れがあってこそ見えるもの」は、そんな単純なものではない。
 人生の半分以上を削ぎ取られるような悲しみを味わったとき、人は何に救いを見出すのか。それは本人にしかわからないものであり、たとえ周囲に奇異な目で見られようと、他人には決して侵せない神聖な領域なのだ。
 本書は、そんなことを尋常じゃない熱を持って教えてくれる。だから美しく、優しく、崇高で気高いのだ。

 ストーリー展開という意味で抜群に面白いのは、表題作「海の見える理髪店」だ。
 ひとりの男性が、海辺の小さな理髪店に行く。店主はおしゃべりで、半生についてとうとうと話しつづける。
 客の男性はそれをずっと聞きつづける。自分の頭にあるつむじを気にしながら・・・。

 この物語には、やられた。最後の最後に意外な事実が明らかになるのだが、それがわかった瞬間、ブワッと涙があふれた。想定外の展開に驚くと同時に、涙がボタボタボタッとこぼれた。
 その理由は、ぜひ本書を読んで確かめていただきたい。そして、人生の不可思議さと美しさをかみしめていただきたい。

 味わい深さという点では、第2話「いつか来た道」もいい。すごくいい。
 芸術家気取りで、常に娘を批判、束縛しつづけてきた母親から、二度と会わないつもりで逃げてきた女性。彼女は弟から連絡を受け、久しぶりに実家に帰る。
 相変わらず親としての優しさの欠片もなく、プライドばかり高い母親だが、娘はふと母親の大きな変化に気づく。
 そして得た結論とは・・・。

 本書を読み、改めて・・・と言おうか、初めてこんなことに気づいた。「人生は別れで成り立っている」。
 出会いと別れは表裏一体だが、心と人生を作るのは「別れ」。別れがあってこそ、人は愛を知り、優しさを学び、それを人に授け、人生に肉付けをしていくのかもしれない。そんなことを痛烈に感じた。

 私がこんなことを言うのも不遜だが、人生で大きな別れを経験し辛い思いをしている方、あるいは逆に誰かと別れたくて仕方がないと思っている方に、ぜひ本書を読んでいただきたい。

 ページをめくるごとに傷んだ心が修復され、ページを閉じる頃には心の肌触りがなめらかになっていることに驚くことだろう。

詳細情報・ご購入はこちら↓

関連記事
プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

最新記事
シンプルアーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR

書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カテゴリ
広告
記事更新情報
リンク
広告