ある奴隷少女に起こった出来事  ハリエット・アン・ジェイコブズ

評価:★★★★★

 「あなたはわたしを殺そうとしたし、殺せばよかったのです。でも、あなたにわたしの心は思いどおりにできません」
(本文引用)
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 「魂の殺人」という言葉を、時々耳にする。それは主に性犯罪などに用いられる言葉で、心臓が停止するわけではないが、人間としての尊厳を踏みにじられ破壊され、生きる気力と喜びを根こそぎむしり取られることである。
 その苦しみと悲しみは、いくら想像してもしつくせないものであろう。

 この本の著者であり主人公である女性は、生まれながらにして魂を殺される運命にあった。
 アメリカの奴隷として生まれ、有無を言わせず両親から引き離され、他人に売り買いされる。
 確かな頭脳と心を持ち、足の先から髪の毛一本に至るまで自由であるはずなのに、「所有物」として生きることを求められ、女性として、人としての尊厳を完全に無視される。



 本書は、そうして何年も魂を殺され続けた女性が、己の人生を切り開くまでの回想録だ。その内容は苛烈なものだが、決して目を背けてはならないものだ。人間の歴史と、人間そのものに潜む暗部を知るためにも。
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 主人公のリンダ・ブレント(ハリエット・アン・ジェイコブズ)は、米国ノースカロライナ州で奴隷として生まれる。

 少女時代は親切な女主人のもとで幸せに暮らすが、その女主人の死後、リンダの運命は大きく暗転する。
 新しい家の主人は奴隷を人として扱わず、衣食にも困る日々となる。

 さらに惨いことに、その家の主人はリンダに性的虐待を与えるようになる。
 リンダは、人間としての尊厳を粉々に砕かれるが、どうにか自由を手に入れたいと知恵を絞る。
 そして、命を賭けた逃亡作戦に出る。
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 本書全体を通して痛烈に感じるのは、まず「魂の殺人」がいかに人間を絶望の淵に落とすかということである。
 しかも酷いことに、この殺人は、ある意味社会的に容認されているものといえる。
 奴隷に人格などない、奴隷は主人の思うままにしてよい・・・そのような空気が“当たり前”のものとして漂うなかで、来る日も来る日も人としての尊厳を砕かれつづける。そんな理不尽なことがあっていいのか?と叫びたくなるような現実が、本書には生々しく描かれている。
 そんな思いを経て、人生を切り開いていくハリエットの姿にはただただ圧巻だが、それ以上に「奴隷制度が人の心に与えるダメージの強さ」に打ちひしがれる。特に、作中に掲載された「逃亡したハリエットにかけられた懸賞金の広告」には愕然とした。

 さらに着目すべきは、この本が“150年の時を経て出版された”という点である。
 実はこの本が書かれた当時、高い文章力から「白人が書いたもの」とされていたという。裏を返せば、「黒人にこのような文章が書けるわけがない」という意味だ。
 実際は、もちろん奴隷だったハリエット・アン・ジェイコブズ自身が書いているわけだが、それほど米国の人種差別は根強いのである。

 本書は、その現実を知るという点で価値がある。と同時に、その現実を変えるべくこの本が出版されベストセラーになっているという事実にも目を向ける必要がある。
 本書のなかで著者は、確固たる根拠をもって「奴隷制度は黒人も白人も不幸にする」と語るが、そのような認識が長い時を経て浸透し、それがベストセラーという現象に結びついているのであれば、それは希望の光といえる。
 人間の暗部だけでなく、明の部分をも知ることができるという点でも本書の存在価値は非常に大きいといえるだろう。

 今年は米大統領選が行なわれる。
 候補者の特徴から考えて・・・・・・私はハリエットの言葉を胸に深く刻みながら、選挙の行方を見つめていきたいと思う。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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