向田理髪店  奥田英朗

評価:★★★★★

 「そりゃあ、札幌とか東京とか、そういう都会の方が周りから放っておかれて、生きやすいかもしれねえけど、誰かと仲良くなったり、女の子を好きになったりしたら、どうしても自分の過去を打ち明けなければならねえわけで、そういう隠し事があると人間はどうしても人付き合いを避けるようになるだろうし、苦しいだろうし・・・・・・」
(本文引用)
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 「奥田英朗の小説が、あなたはますます好きになる」。そうお薦めしたくなる一冊だ。

 「ナオミとカナコ」のような強烈なインパクトはないものの、心に深く残るものは「ナオミとカナコ」以上。
 スポーツに例えるならば、瞬発力より持久力を競うマラソンのような作品といったところか。100m走のような華やかさはないものの、後々まで「あ~、あれは良かったねぇ」と静かな笑みと共に語られるような・・・そんな優しさと奥深さをたたえた珠玉の短編集である。
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 舞台は、北海道の過疎の町。向田康彦は、そこで理髪店を営んでいる。人も車も滅多に通らず、客は常連さんしかいない。



 そこで康彦は、過疎の町ならではの様々な問題にぶつかる。
 帰郷した息子の将来、嫁の来手、スナック開店に色めき立つ男たち、変化のない町を沸き立たせる映画ロケ・・・。
 
 都会への憧憬を抱え悶々と暮らす康彦たちだが、それらの出来事を通して、彼らは町の魅力に気づいていく。
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 本書は6編からなる短編集で、それぞれ、町で起きたちょっとした事件が描かれている。

 そのなかで私が好きなのは「祭りのあと」だ。
 町の祭りを間近に控えたある日、近所に住む老人男性が倒れる。
 康彦らは近隣住民と声を掛け合い、男性を病院に運ぶが、心配はそれだけではなかった。
 ひとり残された妻、都会に出た子どもたち、のしかかる介護費用・・・。
 康彦たちは、小さな過疎の町で介護をすることの大変さに直面する。

 この物語を読むまで、私は恥ずかしながら「地域のつながり」というものを毛嫌いしていた。
 回ってくる当番ぐらいは仕方がないのでやるが、それ以上のことは極力関わりたくない・・・頑なにそう思い続けていた。

 しかし、この「向田理髪店」、とくに「祭りのあと」を読み、大きく認識が変わった。
 「ムラ社会」「村八分」など、小さな閉鎖的な町村を表す言葉は何かとネガティブだ。また、そのようなことが引き金となった事件が大きく報道されるのも、密な人間関係が嫌われる一因だろう。

 しかし、そんな「小さな町ならではの密な人間関係」というのは、存外メリットが大きいものなのだ。
 「生き心地の良い町 ~この自殺率の低さには理由がある~」にも書かれているが、互いの素性をよく知り、会話を大切にし、何かと助け合う環境というのは、生き心地を良くさせる。この小説は、これまでマイナスにとらえられがちだった「田舎の特徴」を、見事にプラスに変えて世に発信しているのだ。
 一見ポワンとしている本書だが、そういった意味で、現代社会にとって非常に価値ある一冊だと思う。

 だからといってもちろん、他人のプライベートに無暗に立ち入ったり、噂話をしたりといった行動はいただけない。
 そのあたりの礼儀も、この小説はしっかり押さえている。幼なじみ同士のテンポの良い会話のなかで、「小さな町で暮らすための弁え」もきちんと描かれており、読んでいて大変好感が持てる。

 人間関係の距離の取り方にちょっと悩んでいる、知り合いのいない町に来て孤独だ、町内会の役を任されて不安でいっぱい・・・そんな方にぜひ読んでいただきたい傑作である。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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