終わった人  内館牧子

評価:★★★★★

先が短いという幸せは、どん底の人間をどれほど楽にしてくれることだろう。
(本文引用)
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 この小説を読んでいる途中、夫にあらすじや感想を熱く語ったところ、夫はすぐにこう言った。

 「ドラマ化されるかもね」

 !そうだ!夫よ、ナイスコメント!これ、絶対にドラマ化してほしい!

 というわけで、勝手に配役まで考えてしまった。
 壮介は寺尾聰で、千草は黒木瞳、トシは佐藤浩市で、道子は安藤サクラ、久里は永作博美、鈴木は要潤・・・。
 
 こんな風にまざまざと映像化して考えられるのは、やはり著者が脚本家だからだろうか。



 とにかく台詞の1つひとつが、一言一句の端々まで生き生きとしており、物語にぐいぐい入りこめる。
 ついには、この絶望と哀愁と希望とユーモアあふれる人間ドラマの中に入りこんだような錯覚に陥り、何度も登場人物に「ちょっ!それはダメだよ!」なんて話しかけそうになってしまった。久しぶりに、非常に面白い読書をした。満足、満足。
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 主人公の田代壮介は、東大法学部卒のエリート銀行員だったが、いつの間にか出世街道から大きく外れ、盛大に見送られることのないまま定年を迎える。
 結果的に冴えないサラリーマン生活のまま会社を出た壮介の口癖は、「散り際千金」、「散る桜残る桜も散る桜」だ。

 その後壮介は、何とかして生き生きとした人生を送りたいと考えるが、華麗なる経歴が邪魔をし、そこら辺のシニアと一緒に行動することを頑なに拒否。結果、何もすることなくブラブラするようになる。
 一方で、妻の千草は50代後半になりいよいよキャリアアップをし、家で愚痴ばかり言っている壮介を煙たがるようになる。

 再就職もうまく行かず、東大大学院で文学を学ぶことを決意した壮介は、提出論文執筆の準備のため、地元のカルチャーセンターに足を運ぶ。
 そこで壮介は、同じ東北出身の女性・久里と出会うが・・・。
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 よく、非常識な行動をしている人や、身だしなみに気を遣わなくなった人を指して「あの人、終わってる」などと言うのを聞くが、私はその言葉を非常に不快に思っていた。そんな言葉を吐く人間こそが、人として終わってるよ、と。

 しかし、本書を読み認識が変わった。身だしなみ云々は別として、人は「終わった人」となったことを認めなければならない時期があるのだな、と素直に思った。
 もちろん、人間としての尊厳は死ぬ瞬間まで保たねばならない。自分以外の誰かに対して「終わってる」などと言ってもいけない。しかし、社会的な意味で「終わる」時が来ることを、抗うことなく受けとめなければいけないな、と妙な覚悟ができた。

 なぜ、そう思うのか。それは本書を読む限り、いつか「終わった人」となること、自分は「終わった人」となったことをすんなり受け入れている人物のほうが、圧倒的に魅力的だからだ。「終わっていない人」だからだ。

 50代半ばを過ぎて、いよいよ自分の夢を開花させようとする千草と、壮介と変わらない年齢なのに、世間からも女性からもモテモテのトシ。
 この二人は自分が「終わる」ことをきっちりと視野に入れ、終わっていることに無暗に抵抗しない。だから、焦らず腐らず怠らず、地に足をつけて人生を切り開いている。

 一方の壮介は「終わった人」であることを認めることができず、気がつけば妄想暴走老人だ。特に、壮介がほのかに思いを寄せる女性・久里との駆け引きは、何とも滑稽(失礼!)で、何とも切なくなった。「終わっている」ことを認められないと、こうなっちゃうのねぇ・・・(そこがまた、恋の素晴らしいところなのかもしれないが)。

 物語終盤は、最後の1ページまで予想外すぎる展開が続々と登場。もしドラマ化されたら、「終わった人」にハッシュタグがついた驚きのツイートがTLを埋め尽くすだろうな。
 さすが名脚本家・内館牧子!手が痛くなるほど拍手したくなる傑作である。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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