薄情  絲山秋子

評価:★★★☆☆

誰かを抹消してしまうような薄情さと、よそ者が持つ新しさを考えなしに賛美することって、根源的には同じなんじゃないか。
(本文引用)
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 何事にも、此岸と彼岸がある。くだけた言い方をすれば、こちら側とあちら側だ。

 たとえば中学校で、同じ小学校から上がって来た子たちは「こちら側」で、越境や引っ越してきた子などは「あちら側」だ。
 学生時代の女友だちグループだと、40歳近くにもなると、夫も子どももいる人は此岸で、シングルの人は彼岸。
 町内会だと、昔から住んでいる人は此岸で、引っ越してきた人や若い夫婦は彼岸。

 要するに、マジョリティが此岸でマイノリティは彼岸というわけだが、たいていの場合、マジョリティのほうが少なからず優越感を感じ、マイノリティを心理的に圧迫する。
その圧力に悩まされている人も、少なくないだろう。



 そんな悩みに、この「薄情」は効く。
 此岸しか知らない人間が、一度彼岸に行ってきた人間や、完全に彼岸しか知らない人間と出会った時、どのような価値観を持つか。
 本書は静かな筆致ながら、人間関係における残酷なまでの階層意識・ムラ意識をえぐり出し、その行き着く先までをも鋭く描いた小説だ。
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 主人公の宇田川静生は、定職に就かず実家でブラブラしている。将来は神社を継ぐことが決まっているので、それが可能な身分なのだ。
 宇田川は、地元の狭い世界で暮らしている自分に、日々虚しさを感じている。しかし、地元に戻ってきた知り合いや、よそからやってきた男と関係を持つにつれて、その「自分がもつ虚しさ」に対し疑問を持ち始める。
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 「こちら側」と「あちら側」の意識なんて、個々人の心が勝手に生み出しているものなのだろうな、というのが、本書を読み最も感じたことだ。
 仲間意識を持つことや誰かを疎外することは、一瞬気持ち良いかもしれないが、気がつけば全く実のないもので、却って心を空虚にさせる。

 そういえば日本経済新聞の「春秋」(2016/2/21)に、こんなエピソードが載っていた。
 中学校の英語の授業で、ある生徒が完璧な発音で読んだところ、仲間から「キザ」とからかわれ、あわてて日本語風の発音に切り替えたという。
 小説「薄情」の底に流れる「こちら側」の意識というのは、それぐらい空疎なものであり、主人公が次第にそれに気づいていくのが読みどころだ。

 世の中に本当に「こちら側」と「あちら側」などというものがあるのか。もし、自分の中にそんな意識があるとしたら、この小説を読みながら考え直した方が良さそうだ。
 読み終えた後はきっと、今まで段差のあった風景が一気にフラットになっていることに気がつくだろう。うんと生きやすくなっている自分にも。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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