「晴天の迷いクジラ」

「毎日、後悔ばっかいじゃ。薬のんだって、入院したってよかと。どげなことしたって、そこにいてくれたらそいで」クジラが繰り返し海面を叩く音が、なんだか断末魔の叫びのように聞こえてしまう。「そいだけでよかと」
(本文引用)
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 あの震災から1年。私にとっては、人間の非力さを痛感した1年であった。そして一瞬であまりにも多くの命が奪われたことを思うと、
 「一生懸命生きていても、いつどんなことで死んでしまうかわからない。それならば果たして、生きている意味などあるのだろうか」
 といった虚無感を覚える。

 この小説に出てくるのは、そんな虚しさを感じている者ばかりだ。

 零細のデザイン会社で寝る間も惜しんで働き、疲労困憊のすえ彼女に振られ、心療内科に通い出す由人。
 そのデザイン会社の社長で、日夜資金繰りに喘ぐ野乃花。
 姉が赤ん坊の頃に病死したために、母親から常軌を逸した健康管理をされる中学生・正子。


 3人とも、人生に迷いに迷い、がむしゃらに走ってきた末に今の場所に落ち着いてはいるものの、どうしても前向きに生きることができない。
 そんな3人の共通点は、「自分という存在を否定されてきた過去を持つ」ことだ。

 由人の母親は、愛情の表し方が極端に不得手な人だった。
 病弱な兄を溺愛し、その兄が引きこもりになれば次は妹に過干渉し、家庭は見る見る崩壊していく。
 そしてついに、次男の由人に母親の愛情が向けられることはなかった。

 野乃花もそうだった。
 絵画の天才少女ともてはやされたが、経済的な理由から画家になる夢は絶たれる。
 そして大金持ちの道楽息子と「でき婚」したものの、彼の家で野乃花の居場所はなかった。

 そして、母親から異常な束縛を受ける正子。
 常にアルコールティッシュを持ち歩き、子供の体温が一分違うだけで激しく動揺し、医者に「検査をしてくれ」と詰め寄る母親。
 そして正子が中学生になると、母親の魔の手は健康に飽きたらず友人関係にまで及ぶ。

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 自分という存在を否定され続け、常に心に黒い影を落とす3人。
 その3人が、今、人生の崖っぷちに立たされ、それぞれ自決を考える。

 「いっそこのまま、死んでしまえたら」

 そんなとき耳に飛び込んできたのが、クジラが湾に座礁したというニュースだった。
 潰れた会社と人生を整理しようとしていた由人と野乃花は、現実から逃れるように、人生最後の風景を目に焼き付けに行くように、無我夢中で夜中の道を駆け出す。
 そのクジラを見るために。道筋を誤ったクジラを見るために。



 道中、たまたま生気なく歩く少女・正子を見かけた2人は、正子もクジラ見物に誘い出す。
リストカットを重ねていた正子は「大きい動物を見れば、少しは気が楽になれるではないか」と一縷の望みを託して車に乗り込む。

 湾岸に横たわり、ただ死を待つ巨大なクジラを見て、3人は何を思うのか。
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 なんとも不思議な小説である。
 不思議と言っても、ただ過激さだけを打ち出した理解不能の「不思議ちゃん」小説ではない。
 個性的すぎる色の服を組み合わせたのに、誰もが着てみたくなるコーディネートに仕上がったような、安心感のある輝きを放つ「不思議さ」である。

 3人の人生も突飛なら、クジラを見に行くという設定も突飛だ。
 しかしその3人の困難な人生とそれに伴う絶望感が、湾岸でもがくクジラの姿と見事に絡みあっている。

 それはこの作品に、「人間と野生動物における、生命への向き合い方の違い」という壮大なテーマが強く込められているからであろう。

 作中、由人が「あいつもなんか、迷っちゃってんですかね」とクジラを指してつぶやくと、野乃花が「知るかっ。クジラの気持ちなんか」と返答するシーンがある。
 そこから、由人たちがそれぞれ、迷い込んだクジラを自分の姿に重ねていることが見て取れる。

 しかしそれを裏切るように、クジラの専門家は「人間とクジラを重ね合わせてはいけない」と言う。
 そして、動物の生死に人間が介入するな、その死は決して無駄ではない、とも。
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 それを読み、私は人間の傲慢さを突きつけられたような気がした。
 野生動物も人間も共に「生命あるもの」でありながら、かたや死を自然の定理として待ち、受け入れ、かたや他の生物の生死に干渉し、自身の命まで操作しようとしている。
 こう考えてみると、生命体としてみた場合、人間は動物界の頂点等ではなく、最も下等な部類の生き物なのではないだろうか。

 自分の存在の意味や人生の意義など考えず、「とにかく、ただ生きる」

 それが、生命あるものの最優先の義務なのである。

 死は選ぶものではない。待つものだ。
 そう自ら悟って岸に横たわる、巨大な野生動物。
 そしてそれを見つめる自殺志願者3人。
 彼らの瞳に映るものは、やがて読者の瞳の残像となり、「生命とは何か、人間とは何か」を大いに考えさせてくれることだろう。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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