坂の途中の家  角田光代

評価:★★★★★

それらの言葉の意味するところは、たったひとつではないか。――きみは人並み以下だ。
(本文引用)
_________________________________

 どうしようもないほど自分に自信が持てない。自分は劣っていると感じてしまう。そんな方に全力でお薦めしたい小説だ。本を読む能力も余裕もない、などと感じていたとしても、気力を振り絞って、とにかくこの作品だけは読んでほしい。

 拭い去れない劣等感から取り返しのつかない罪を犯してしまった女性と、裁判員という役割を通して、その女性に自分を重ねるもう一人の女性。

 彼女たちの証言やモノローグは、自信のない人々の心の深層を見事にえぐり、またその「自信のなさ」の真相を見事に露わにしたものだ。

 よって、劣等感にさいなまれる人には、ぜひこの小説を読んでみてほしい。



 なぜなら、本書を通して「本当に自分は劣等感を持たなければならないような人間なのか」がわかるからである。そして、「あなたは劣等感を持たなければならないような人間ではない」ということも。
_____________________________

 専業主婦の里沙子は、ある日、補充裁判員に選ばれる。扱う事件は乳児虐待――母親が、赤ん坊をお風呂に沈めて殺してしまったというものだ。

 2歳の娘がいる里沙子は、当事者らの証言を聞きながら、被告と自分とを重ね合わせていく。
 言うことを聞かず火がついたように泣きつづける子ども、暴力こそ振るわないものの、言葉で自分の尊厳を傷つける夫、優しさを装いながら、理想の夫婦像と子育てを押しつけプレッシャーを与える姑や実母――。
 さまざまな要素の合致から、里沙子は事件を他人事と思えず、次第に心を壊していく。もしかすると自分も、最愛の娘を殺したかもしれない、と悩み苦しみながら。

 裁判員の仕事を通して、里沙子は己の中にある闇の正体を探りもがき続ける。そしていよいよ判決が近づいた頃、真の病巣に気づく。
________________________________

 本書は一見、子育ての苛酷さや、夫婦関係を良好に保つことの大変さを訴えている小説に見える。
 しかし、本書に充満しているのは、「育児」や「夫婦関係」といったものを超越した「一個の誇りをもった人間としての怒りと悲しみ」だ。

 人はどのような思いをした時に、どのような言葉をかけられた時に、最も打ちのめされ追いつめられるか。そして、自分をジワジワと追いつめる人間とは、いったいどのような心情で自分を追い落とそうとしているのか。

 里沙子と被告女性の叫びは、そんな「いじめ」の本質をありありと映し出している。被告女性のこの言葉は、それが凝縮されたものといえるだろう。 

こわいのはその言葉ではなく、野良犬と言われれば、本当に自分たちは野良犬のようだと思ってしまう自分だった。

 それだけに、里沙子が自分なりの解決策を見出していくラストは、実に晴れやかな気持ちになる。
 劣等感に苛まれつづけ、身も心もボロボロになった里沙子が、裁判員の務めを通して客観的に自己を見つめ直し、自分の足で歩きはじめる姿は非常に爽快だ。

 もし現在、「自分はダメな人間だ」と思い悩み、一人で苦しんでいるとしたら、ぜひこの物語を読んでみてほしい。
 里沙子が裁判を通して劣等感から脱却したように、本書を通して不要な劣等感やコンプレックス、自虐意識から抜け出すことができるだろう。
 「自分は人並み以下なんかじゃない。侮蔑されるような人間ではない」と、気づくことができるだろう。

詳細情報・ご購入はこちら↓

関連記事
プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

最新記事
シンプルアーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR

書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カテゴリ
広告
記事更新情報
リンク
広告