この世にたやすい仕事はない  津村記久子

評価:★★★★★

私たちがやっていた仕事だけではなく、どの人にも、信じた仕事から逃げ出したくなって、道からずり落ちてしまうことがあるのかもしれない、と今は思う。
(本文引用)
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 今、仕事に嫌気がさしている方にぜひ読んでみてほしい一冊。
 現在の仕事が面白くて仕方がない人も楽しんで読めるとは思うが、やはりここは「あー、仕事が面白くない! 会社行きたくない!」と悶絶している人に読んでほしい。

 読んだうえで、仕事を辞めるか踏みとどまるかはさて置いて、とにかく気持ちが楽になることは間違いない。
 働くことが楽しいんだか苦しいんだかはわからないけど、とりあえず「人生捨てたもんじゃない」とパァァッと視界が開けてくる「新感覚お仕事小説」だ。
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 主人公は30代半ばの女性。前の仕事で心身ともに消耗しきり、実家で療養していたものの、いつまでもこのままではいられないと職探しを始める。



 彼女は「一日中、スキンケア用品のコラーゲンの抽出を見守るような仕事」を求めて職安に通うが、そこでまず紹介されたのは、ある小説家を監視カメラで見張りつづける仕事だった。
 どうやらその小説家は、知人から何らかの密輸品を預かっているらしい。その現場と品物を押さえるために、主人公は座りっぱなしの姿勢とドライアイと闘いながら小説家を監視しつづけるが・・・?
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 主人公は、この本のなかで5つの仕事に就く。
 前述の見張りの仕事の他、路線バスのアナウンス原稿を編集する仕事、住宅にポスターを貼らせてもらう仕事、森の中の小屋でチケットにミシン目を入れる仕事etc.
 どれもこれも「コラーゲンの抽出を見守るような仕事」という希望から大きくはずれることのない、いかにも「たやすそうな」仕事だ。
ところがこれが、全く「たやすくない」という結論に落ち着く(陥る?)のが、この物語の妙味だ。
 それは別に、肉体的にキツイとか、パワハラ・モラハラがあるとか、実はやたらと長時間労働だったとか、そういうわけではない。そんなわかりやすい、目に見えやすい理由で「たやすくない」のであれば、もっと世の中楽であろう。

 「主人公が仕事をギブアップしてしまう原因=結局、どんな仕事もたやすくはない原因」は、もっと繊細で根の深いものだ。
 なかでも心に刺さるのが、第3話「おかきの袋のしごと」
 主人公は、おかきの袋に印刷する、ちょっとしたコメントを考える仕事に就く。それは「世界の謎」、「毒のある植物」など豆知識のようなものなのだが、そのうち日常生活の裏技を載せるようにしたところ、商品は大ヒット。ついに全国レベルでメディアに採りあげられるまでになるが、それが主人公にとって意外な逆風となる。

 この物語から痛烈に感じるのは、「逃げるのは悪いことではない」ということだ。
 自分の致命的弱点がどこにあるかは、その局面におかれるまで自分にもわからない。どんなに好調な日々を送っていても、思わぬ敵の登場で、想像もしなかったほど打ちのめされてしまうことがある。
 そんなことで仕事を辞めてしまうなど「甘え」かもしれない。しかし、そんなことでもどんなことでも、誰かにとって強大なストレスを感じることなのであれば、それは十分転職の理由になる。他の人にとっては何でもないことでも、誰かにとってそれが耐え難いことなのであれば、そこから逃げるのは決して悪いことではない。逃げる人を、決して責めてはいけないのだ。

 自分にとってたやすくても、誰かにとってはたやすくないことがある。誰かにとってたやすくても、自分にとっては耐えられないほど困難なことがある。
 人間は1人ひとり違うのだから、それを認めて受け入れれば、もっと生きやすい社会になるんじゃないかな・・・。

 ニッチでミクロな世界を描く異色のお仕事小説は、ユーモラスな筆致でありながら、たやすく生きられないようにしている社会構造や人間の目に警鐘を鳴らしているように思える。
 この世に「誰にとっても」たやすい仕事などないが、「自分にとって」たやすく働き快適に生きるよう選択する権利は誰もが持っている。本書は、そんな当たり前のことに改めて気づかせてくれる。
 現在、「こんなことで悩んでいる自分は、おかしいかな」「逃げる自分は、弱いのかな」と苦しんでいる人にぜひ読んでほしい小説だ。人生、自分次第で案外たやすくなるかもしれないぞ。

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エコ運動も、マクロな地球環境理論は別として、ミクロなコツコツ倹約が楽しいという面に支えられているようです。
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Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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