冬の光  篠田節子

評価:★★★★★

世間も人生も、自分が乗って突っ走ってきた列車の窓から見えた世界とはまったく違うものであることを、思い知らされた。
(本文引用)
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 物語終盤、タイトルの意味が露わになってくるにつれ、どうしようもなく涙が出た。と同時に、壮絶な無力感に襲われた。人生――人の生きてきた道、その人の抱えてきた思いとは、これほど本人にしかわからないものなのか、と。

 毎回、さまざまな形で、人生の皮肉や滑稽さ、悲しさを描き出す篠田節子。そんな氏の小説が私は大好きなのだが、この物語はとりわけ濃密に描かれている。
 そして思う。一個の人間の生き方、死にざまを笑ったり批判したりすることなど誰にもできないのだ、と。他人から見たらどんなに不条理で滑稽で許容しがたい人生であったとしても、その人にとっては道理の通った懸命に生き抜いた人生なのだ、と。
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 ある日、海から男性の遺体が上がる。男性は四国から東京に向かう途中、フェリーから身を投げたと見られる。



 遺体はすぐに家族に引き取られるが、妻や娘たちの対応は冷ややかなものだった。それは男性が20年以上、他の女性と深い交際を続けていたからだ。

 男性は東日本大震災で災害ボランティアに従事した後、被災者の供養をするために四国遍路をし、その後自死したらしい。しかも震災の犠牲者に、男性の愛人がいたことが判明。
 事実が明らかになるにつれて、妻と長女はいっそう態度を硬化させ、ほとんど男性の死に関心を払わない状態になる。
 しかし次女の碧は、そんな父親の思いや足取りを知りたくなり、ひとり四国遍路に旅立つ。
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 本書は、死んだ男性・富岡康宏の人生の記録と、康宏の人生をたどる碧の記録とが交互に書かれている。

 そこで見えてくるのは、「人はいかに自分が見えないか」である。

 たとえば、康宏の情人・紘子は気鋭の女性研究者として学会で注目を浴びるが、自分の理想・理念にこだわりすぎて周囲が見えず、絶えずトラブルを起こしてしまう。
 大学での過重労働で死んだ男性研究者、教授に性的関係を強要されたと主張する女子大学院生・・・その問題に直面した紘子は、己の思い込みと正論で無用な騒ぎを起こしてしまう。
 その様子を訝しく思った康宏は、何度も紘子に忠告をするが、紘子は聞く耳を持たずどんどん孤立し、意外な最期を遂げる。
 そして、紘子に的確なアドバイスをする康宏もまた、自分が見えず家庭を修羅場にする。その性癖は四国遍路でも顔を出すのだが、人生を終える直前まで、ついに家庭や社会の目で自分を見ることはなかった。

 そんな二人は、紘子と康宏を囲む人間たちにとっては、実に理不尽で厄介な存在だったであろう。読者にとっても、この二人の行動は理解に苦しむもので、読みながら何度も怒り呆れ果てることと思う。

 しかし、物語がいよいよ終盤に差し掛かった時、人は同時に「他人のことも見えない」ということがよくわかる。
 康宏が死ぬ直前、フェリーで一緒だったという男性の証言から、富岡康宏というどうしようもない男の見え方がガラリと変わってくる。
 そして強烈に心に刻む。人の人生や生き方は、その人にしか本当にわからない。だから、誰も他人の人生を否定、批判してはならない、することはできないのだ、と。

 そんな切なさや悲哀を感じながらも、「意外すぎる真相」がいくつかちりばめられているため、ミステリー小説を読むような興奮も味わうことができ一気に読めた。
 街の光が美しいこの季節に、ぜひ読んでほしい一冊。クリスマスイルミネーションを見るたびに、毎年この小説を思い出し涙することだろう。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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