旅人 ~ある物理学者の回想~  湯川秀樹

評価:★★★★★

「目立たない子も、あるものです。目立つ子や、才気走った子が、すぐれた仕事をする人間になるというわけでは、御座いますまい。かえって目立たないような人間が・・・・・・」
(本文引用)
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 最近、息子3人を東大理Ⅲに入れた女性が話題になっているが、さて、ノーベル賞受賞者を育てたご両親や先生とは、どんな人たちだったのだろう。
 
 本書は、日本人で初めてノーベル賞をとった物理学者・湯川秀樹氏の回想録。氏自身が、出生から27歳までの人生を振り返ったものだが、そこで驚かされるのは「周囲の大人たちによる影響」だ。

 高名な学者の家に生まれた天才物理学者のことだ。大人の手を焼かせることなど一切なく、すくすくと育ったに違いない、と思うだろう。
 確かに湯川秀樹-旧姓・小川秀樹-は頭の良い品行方正な少年だったようだ。しかしその陰で、彼は大人たちに人生を左右された衝撃と怒りも味わっていた。

 その心境を、氏はこんな言葉でつづっている。


 

何ごともなく通り抜けてきた草原に、実は深いおとしあなが掘られていたのだと聞かされたら、人はみな、あとから身ぶるいするだろう。


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 湯川秀樹氏は、1907年に地質学者の家に生まれる。苗字は小川。「湯川」は、結婚して婿養子になってからの姓だ。

 秀樹少年は「イワン(言わん)ちゃん」というあだ名がつけられるほど無口で、その寡黙さは終生変わることがなかった。
 そんな目立たぬ秀樹少年だったが、数学の解法や理科の実験においては、誰もが目をみはる創造力を見せる。

 その後、秀樹少年は「小川君はアインシュタインのようになるだろう」と同級生に言われたことで、理論物理学の途に惹かれていくが、それはまた孤独な旅の始まりでもあった。
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 湯川氏の少年~学生時代は、こと勉学においては順調だったように見受けられる。湯川氏自身も、本書のなかで、自分の満足のいくまで学問を追究できたことに感謝の意を表している。

 それだけに、時折みられる「大人たちによる影響」が強烈に胸に残る。
 その主なエピソードは、以下の2つだ。

 1つは、秀樹少年を大学に進学させるか否かについて、両親が話し合ったというものだ。

 実は小川家では、知らず知らずのうちに、息子たちを地質学者にするよう教育していたという。
 上の兄たちが次々と大学に進学し、さていよいよ三男の秀樹の進路を決める時が来るが、そこでふと父親が考え込む。

 おっとりとした、あまりにも物静かなこの息子を大学にやっていいものか、と。

 父親は、無口な息子・秀樹の将来が全く見えず、それならば早く手に職をつけさせたほうが良いのではないかと考え、その意思を妻に伝える。
そこで妻が言ったのが、冒頭に挙げた言葉だ。

 このエピソードについては、湯川氏自身、後から聞かされて大変な衝撃を受けたようだが、これは子を持つ親にとってもショッキングな内容だ。
 親は、どんなに子どもを見つめていても、その才能や個性を見誤る恐れがある。子の将来を思うあまりに、子の秘めた情熱を無視して先走ってしまうことがある。
 秀樹少年の進学をめぐる父親の行動は、「親は子を愛するが故に時に判断を誤ってしまう」ことを象徴し、警鐘を鳴らしている。

 さらにもう1つ、「大人の影響力の大きさ」を物語るのが、旧制三高時代のエピソードだ。

 数学が大好きだった秀樹少年は、そのまま数学者になることを夢見ていたが、そこで重大な事件が起こる。
 ある証明問題について、先生の方法と異なるやり方で証明したために零点とされたのである。
 その先生の採点方法のせいで、秀樹少年は数学者になる夢をすっぱり追い出したという。

 考え方によっては、後にそれが奏功したともいえる。しかし文章の書き方から見るに、湯川氏がその時に受けたショックは、相当なものだったのではないかと推察される。
 大人というものは、知らないうちに、子どもの人生を大きく変えてしまっているのである。

 本書はおおむね、非常に静謐な筆致で書かれており、終盤は様々な考察や発見を、非常に生き生きと書いている。全体的に、人生のあらゆる出来事を肯定的に捉えている内容だ。
 そのなかで、唯一「大人による影響」に言及した部分だけが、影を落とした書き方になっている。これらのエピソードを読み、大人とは何と罪深い存在であることか、と驚愕し反省させられた。

 子どもに関わる環境にいる人には、ぜひ読んでほしい。
 子を育てる人間として、子の人生をどう考えていくか。大人が本当にできること、すべきこととは何なのか。
 それらについて、途轍もなく大きな気づきを得られることだろう。

詳細情報・ご購入はこちら↓


※湯川秀樹先生著「目に見えないもの」のレビューはこちら


 (先日、日本科学未来館でノーベル賞関連の展示を観てきました!物理学賞受賞の梶田隆章先生監修のスーパーカミオカンデコーナーは大盛況でしたよ。
 詳しくは、こちらの記事をご覧ください。)

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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