我が家のヒミツ  奥田英朗

評価:★★★★★

「若いって、他人事が多いってことだと思う」
(本文引用)
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 奥田英朗さんの小説が面白いのは、もうわかってる、わかってるんですよ、充分に。
 でも今、私は改めて「奥田英朗さん大好き!」と、走り出したい気分だ。

 人間の心とは、何と複雑で難解で、自分の力でどうにもならないものなのだろう。人間とは、何と他人の心がわからないものなのだろう。
 でも、その不可解さが、人生を彩り豊かに染め上げている。本書は、そのことを発見させてくれる傑作だ。
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 本書は6編からなる短編集。描かれるのは、いずれも家族のちょっとした秘密だ。



 勤め先の歯科医院に、憧れのピアニストが来院したことで胸ときめかせる女性、
 人気演出家の実の父親と、スーパーの店長である育ての父親とを比べてしまう女子高生、
 全く外出をしない隣人が気になって仕方がない、産休中の女性etc.

 どの物語の登場人物も、突然やってきた「非日常」に戸惑い、さらにその戸惑いを外に出せずに悩む人々だ。

 どれもこれも順位などつけられない面白さだが、特に胸に残る一編を挙げるとすれば、第4話「手紙に乗せて」。妻を突然亡くし打ちひしがれる父親と、それを見守る息子の物語だ。

 社会人2年目の若林亨は、母の急死をきっかけに実家に戻る。そこで父親と妹との三人暮らしを始めるが、父親の落ち込み方が激しく、亨は気が気ではない。
 亨は母親を失った悲しみを抱えながらも、会社で忙しく働くが、次第に周囲の様子に違和感を覚え始める。

 母親が死んで1週間もしないうちに、若い社員たちは亨を麻雀や合コンに誘い、仕事をビシビシ言いつけるのだ。

 そんななかで、2人だけ亨の思いをすくい取ってくれる人物がいた。1人は父親を交通事故で亡くした同級生、そしてもう1人は会社の部長だった。
 妻を癌で亡くした部長は、何くれとなく亨を気遣い、ある日、亨の父親に宛てて手紙を書く。
 それを読んだ父親は――。

 この物語では、他人への想像力を描いているが、決して説教臭くないところが奥田作品の良さだ。
 母親を突然亡くした亨に、何事もなかったかのように接する同僚たち。それを「今どきの若者は・・・」「核家族化の弊害だ」などと片づけるのは簡単だ。
 しかし、この小説では、彼らを決して叱りつけない。その一歩先の思いまで汲み取って、不幸に遭った者の心情も、そうでない者の心情も公平に慮り、「人間の心の妙」をまるごと包み込むように描いている。

 それは、亨を気遣う部長の、こんな言葉からもうかがえる。 

「おじさんと若者とでは目に映る景色がちがうということだ。若者には若者の世界があるし、人生経験が乏しいというのも、それはそれで貴重な時間だ。今から老成することもない」


 登場人物全員の思いが表からも裏からも隈なく描かれているのは、他の5編も同じだ。
 その点では、16歳になったのを機に、実の父親に会いに行く少女の物語もいい。
 2歳から育ててくれている父親は、年収も高くないさえない親父。一方で、実の父親は有名俳優と共に仕事をする人気演出家だ。
 その2人をついつい比べてしまう少女は、実の父親にあることをねだろうとする。

 この物語では、少女の2人の親友の助言が、何ともいい。降ってわいたシンデレラストーリーに一気に沸く少女たちだが、徐々に落ち着きを取り戻し、自分の父親の存在に思いを馳せる。
 その過程を読んだら、世のお父さん方はちょっと泣いてしまうのではないか。最近、娘とうまくいっていないと感じているお父さんに、この物語はお薦めだ。

 人間は1人ひとり、秘めた思いを持っている。時には、それを誰にも出せずに苛立ったり、自暴自棄になったりすることもあるだろう。
 しかし、それは決して恥ずかしいことではない。そんなヒミツを持っているからこそ、人間は温かくて、人生は愛おしい。
 「我が家のヒミツ」は、そんなことを改めて教えてくれる涙、涙の一冊だ。

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「我が家のヒミツ」奥田英朗

笑って泣いて、人生が愛おしくなる家族小説。 結婚して数年。どうやら自分たち夫婦には子どもが出来そうにないことに気づいてしまった妻の葛藤(「虫歯とピアニスト」)。 16歳の誕生日を機に、自分の実の父親に会いに行こうと決意する女子高生(「アンナの十二月」)。 53歳で同期のライバルとの長年の昇進レースに敗れ、これからの人生に戸惑う会社員(「正雄の秋」)。 ロハスやマラソンにはまった過...
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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