文系の壁   養老孟司

森 「あなたの気持ちはわからないけれど、味方になることならできますよ」とか、「気持ちはよくわかるけれど、味方にはなれない」という場合は、どうしたら良いのでしょうね(笑)
(本文引用)
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 「私って、こんなに不自由な世界に生きてたんだ!?」
 悲鳴とともに、そんな言葉を吐いてしまった。

 本書は、「理科系の思考で、文科系とされる問題を考えたらどうなるか」をベースとした対談集。
 もはや「“壁”といえばベルリンか養老孟司」ともいわれる「壁」の巨匠が暴く、「文系の壁」とはいかに?
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 養老先生と対談するのは、工学博士や医学博士、科学系の記者などいずれも“理科系”の専門家だ。
 そこで語られる「文系の特徴」を総括すると、「前提を考えないことで、楽に世の中を渡っていく」ことだ。



 たとえば、森博嗣氏との対談で、養老氏はこう語る。 

「コップに入っている水にインクを一滴垂らしたあと、しばらくするとインクは消えてしまう。なぜだと思う?」
 学生の答は、「そういうものだと思ってました」。
 これは、実にうまい生き方だと思った。そういうものだと思ってしまえば、いろんな問題を避けて上手に生きていける。

 養老氏と森氏は、このような例を挙げながら、世にはびこる「前提をすっ飛ばした、意図不明の質問」についてとことん話し合っていく。

  「憲法違反ではないですか?」「あの人は射手座だと思うのですが、先生はどう思いますか?」「原発に賛成ですか反対ですか?」

 一見、体を乗り出して答えてしまいそうな質問だが、養老氏と森氏は共に「それらの質問に自分が言葉で答えたところで、世の中が動くわけではない。事実とは無関係」と冷静に回答する。
 
 ここにずばり「理系と文系の壁」がある。
 
 理系的に考えれば、まず憲法の前提から考えるべきであり、1人の人間が射手座である確率と射手座でない確率とを考えるべきであり、原子力エネルギー全体についての賛否を問われても何とも言えない。つまり理系の視点から見ると、はっきり言ってどれも無意味な質問である。

 では、なぜ人々はそんな質問をするのか。
 その問いに対する森氏の分析には、大きくうなずいた。と同時に、どうしようもなく恥ずかしくなった。なぜなら、まさに図星をつかれたからだ。

 そして気づく。自分がいかに自身の思いに縛られながら生きているか、自分がいかに肯定されたがっているかということに。
 それは生きていくうえでは楽かもしれないが、ひどく不自由なものでもある。そして、一歩間違えると、人生の路頭に迷ってしまう危うさもはらんでいる。
 養老氏と森氏の思考は、そんなひどく不自由な文系的思考、文系の壁をぶち壊す威力を持っている。読むだけで、スッと自由になれる痛快な対談だ。

  「文系の壁」というタイトルに最も沿っているのは、この森博嗣氏の章であろうが、一般的にとっつきやすいのは「捏造の科学者 STAP細胞事件」の著者である須田桃子氏との対談だろう。
 STAP細胞とは、いったい何だったのか。一人の人間が命を落とすという最悪の事態は、どうすれば避けられたのか。
 それらの点について、須田氏は科学ジャーナリストの視点から斬りこんでいく。
 ちなみに、この章で養老氏が提案する「嘘学」が面白い。いつか養老孟司著「ウソの壁」なんて本が出たら、ぜひ読んでみたい。

 タイトルから、理系にコンプレックスを持っている文系出身者しか手に取らないかもしれないが、文系理系問わず読む価値のある一冊。



 自分の内にある「不自由な壁」を破り、広く深い視野で本質をとらえることができるようになるだろう。
 
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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