甲子園が割れた日 ~松井秀喜5連続敬遠の真実~  中村計

「メディアの人はどういう風にコメントすれば、いっちばん、喜ぶんですかね。僕、今度きたらその通り、言ってやりますよ。僕は本当は勝負をしたかったです! 抑える自信がありました! そう言えばいいんですかね」
(本文引用)
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 松井秀喜に対する5連続敬遠――私は、これをテレビで観ていた。

 当時すでに高校野球のスターだった松井選手が出るということで、テレビに張り付いていたが、まさかあんなことが起きるとは思わなかった。
 対する明徳義塾の投手が、松井選手を5連続敬遠。1度ならまだしも、松井選手の打席全部を敬遠で乗り切るという策に出たのだ。
 この場面には、一緒に観ていた親兄弟も驚愕。
 「まあ、でも、不正をしたわけではないしねぇ」「作戦のひとつだよね」「それにしても、やりすぎかなぁ」「でも、相手は松井だもん。仕方ないよー」などと、その後数日間にわたり話し合ったものだ(我が家の場合、どちらかと言うと明徳義塾擁護派であった)。


 あの時の、画面に映る甲子園球場の異様な雰囲気。試合後のインタビューで、慎重に言葉を選ぶ松井選手の表情。いずれも、はっきりと記憶に残っている。
 それほど、衝撃的な事件だったのだ。

 本書は、その「5連続敬遠」にまつわるルポルタージュ。当時の明徳義塾の面々を中心とした、ありとあらゆる関係者に徹底取材をし、「高校野球とは何か」を探っていく。
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 このルポの特筆すべき点は、「5連続敬遠“後”の明徳義塾」ではなく「5連続敬遠“前”の明徳義塾」に多くのページを割いていることだ(よって、本書にゴシップ的な要素を期待している人は肩透かしを食うかもしれない)。

 たとえば、造反者の一人も出そうな「全打席敬遠」という奇策に、選手全員が従うまでには、監督と選手の間に相当の信頼関係が構築されていなければならない。
 そこで著者は、その空気を作り上げた馬淵監督と、背景に大きくそびえる明徳義塾高校というものの“カリスマ性”についてとことん取材・分析をしていく。

 そのなかでも強烈なのは、明徳義塾高校の独特な環境・風土だ。校長が入学式で語るこの言葉に、その特殊性がうかがえる。 

「自由は奪います。その代わり、夢は与えます」

 そんな状況に対し、著者は「明徳は一種のカルト」と語り、「5連続敬遠」実現への背景を浮き彫りにさせていく。

 このように、本書では「5連続敬遠“前”」に重きを置いて、この事件を掘り下げていくのだが、著者はそこからさらに「明徳義塾高校の異常性」ではなく「高校野球というものの、ある種の異常性」を引き出す。

 その指摘には賛否があるかもしれないが、私自身はかなりドキリとさせられた。そして大いに納得した。
 炎天下の中、熱戦を繰り広げることを要求され、勝負事であるはずなのに、勝負にこだわれば文句を言われる。
 そこにはどこか、テニスのウインブルドンで「全身真っ白」を強制されるような奇妙さがある。
 本書は、そんな高校野球をめぐる歪んだ空気や行き過ぎた精神論をずばりと指摘しており、非常にしびれた。

 今年ももうすぐ、夏の甲子園が始まる。
 その前にぜひ、本書を読んでみてほしい。
 高校野球の・・・いや、スポーツ全般の見方が大いに変わってくるだろう。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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