それでもボクは会議で闘う ~ドキュメント刑事司法改革~ 周防正行

もともとは検察の不祥事が原因で開かれた会議であったはずなのに、その不祥事に対する批判も反省も忘れている人たちを相手に、改革の必要性を訴える日々は、虚しさに満ちたものだった。
(「おわりに」より引用)
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 これはまさに、「闘い」の記録だ。「タイトルに『闘う』と書いてあるのだから、当たり前じゃないか」と言われそうだが、改めて、そう思ってしまった。
 なぜなら、「まさかこれほど闘ったとは思わなかった」からだ。

 映画「それでもボクはやってない」を撮った周防正行監督が、「冤罪」を生みだしてしまう刑事司法システムに立ち向かった!
 本書は、その闘いをつぶさに描いた記録である。
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 周防氏はある日突然、日弁連から「法制審議会のメンバーになってもらえないか」との依頼を受ける。
 それは、法務省の「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員になるということだった。

 この部会は、郵便不正事件における大阪地検の証拠改ざんという一大不祥事を受けて発足したものだ。
 内容は主に、過酷な勾留を強いる「人質司法」や、密室で作られた自白調書を有罪の決め手とする「調書裁判」等の見直しを図るもので、主な争点として「取調べの録音・録画」や「証拠の全面開示」等が取りあげられる。
 周防監督は、これらの改革に向けて、当会議で言葉を尽くして闘っていく。
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 やや話はそれるが、本書を読んでいる最中、日経新聞でこんな短歌を見つけた。



 

「明け方に見かけたパトカーいつの日かわたしの指紋を取りに来るだろう」

(2015/4/12 SUNDAY NIKKEI「歌壇」より)

 この歌の作者は当然、犯罪者などではないが、パトカーの音を聞くたびに「もしかしたら、自分も突然疑われる日が来るのではないか」と思ってしまうのだろう。
 何となくその気持ちはわかる。私も法に触れるようなことは一切していないつもりだが、パトカーを見るとなぜかドキドキする。周囲に聞いても、皆そう思うらしい。
 このように、一般市民は「犯人ではないのにつかまる」という事態になることを恐れている。
 そして周防監督も、そのような視点・感覚でこの部会に臨んでいる。事件に関係のない人が一日でも一瞬でも自由を奪われ、人生を奪われるという事態だけは何としてでも避けたい――そういう思いをこの会議でぶつけていく。

 しかし警察・検察は、その前提から違う。“つかまえた人は真犯人”、“その真犯人を逃がしてはいけない”という思いで部会に参加しているのだ。

 かたや「真犯人でなかったらどうするのか」、かたや「真犯人だったらどうするのか」。
 かたや「真犯人でないからこそ」、かたや「真犯人だからこそ」。
 その視点の乖離は、読めば誰もが驚愕することだろう。周防監督が、ここまで「闘う」結果になるのもむべなるかな、である。

 この視点の違いが最も明白になっているのは、「証拠開示制度」の改革に関する議論だ。
 実は裁判では、証拠の採択等調整は、検察側が行っている。よって「被告人にとって有利な証拠が隠される可能性がある」のだ。
 それはあまりにおかしいと、周防監督らは「証拠の全面一括開示」を訴えるのだが、これが一筋縄ではいかない。
 つかまえた相手を真犯人と決めてかかっている側からすれば、「証拠を全て見せてしまったら、言い逃れをされてしまう」と考える。
 しかし、つかまえた相手が事件と無関係である場合はどうか。無関係であるが故に、事件当時の記憶など曖昧だ。そのようななかで、検察側に有利な証拠だけを少しずつ見せられたら、真実は歪められてしまう。

 この紛糾する議論のなかで強い説得力を持つのが、村木厚子氏(件の郵便不正事件で逮捕・起訴され、長期の勾留と裁判を経て無罪となった人物)の言葉だ。 

<どういう証拠が検察側にあるのか分からない中で証拠開示の請求をするというのは、本当に暗闇の中を手探りで歩いているようなものだということを実感しました>

 

「はじめて訪れた場所で停電にあうのと、勝手知ったる我が家で停電にあうのとでは、まったく違う」


 周防氏は、そんな村木氏の言葉を受けて、こう補足する。 

つまり、その事件をよく知る人なら、どんな証拠があるのか想像もできようが、身に覚えがなければ、何がどうなっているのか、どこに何があるのか見当もつかない、ということだ。


 村木氏の口から語られる、勾留の過酷さや取調べにおける密室性の実状は、傾聴に値する。難しい専門用語や分かりにくい役人言葉が躍るなか、村木氏の実感伴う言葉を読むだけでも、本書を開く価値はあるだろう。

 「10人の真犯人を逃すとも1人の無辜を罰するなかれ」と思うか、「でも、10人の真犯人を逃すわけにはいかない」と思うか。本書を読む人は、誰もが悩み葛藤するだろう。
 しかしそれ以上に、そのように悩み葛藤し、闘わねばならない実態があるということを知らされていなかったという事実に、読む者は愕然とするに違いない。

 取調べの全面可視化をはじめとする刑事司法改革への道は、確かに険しい。しかし、そのような実態がこうして可視化されただけでも、非常に大きな一歩だと思う。
 それを実現した周防監督に、今はただ心から拍手をおくりたい。
 すごい!

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 瀬木比呂志著「ニッポンの裁判」と併せて読むのがお薦め。
 特に、「それでもボクは会議で闘う」で簡単に触れられている「袴田事件」の証拠捏造について、非常に詳しく書かれているので、より深く理解し味わうことができる。
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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