人生の親戚 大江健三郎

私の憐れな子供がふたり、あのような仕方で奪われたことの「悪」は、どんなに対立項を拡大しても、イクォールで結べるとは思えないもの・・・・・・
(本文引用)
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 今、自分が、予想もしなかった不幸に襲われたらどうするか。あるいは、ごく身近な人物がそのような不幸に見舞われたらどうするか。またあるいは、世を震撼させるような事件・事故が見知らぬ人に起きたらどうするか。

 2人の息子を自死で失った女性の物語は、「耐えがたいほど悲しい出来事」というものに対し、その3つの視点から考えさせてくれる。
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 作家を生業とする主人公Kには、知的障害をもつ息子がいる。Kはその息子を通じ、まり恵という女性と知り合う。まり恵にも、知的障害のある息子がいるのだ。
 まり恵には、もう1人息子がいる。彼は先天的な障害はないものの、事故により車いす生活を余儀なくされている。


 まり恵は夫と離婚後、紆余曲折を経て息子を2人とも引き取り育てることとなるが、ある日、2人の息子は共に崖から身を投げる。
 その後まり恵は、好奇の眼と罪の意識に苛まれながら、生きる道を模索する。
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 この小説の題名「人生の親戚」は、まり恵の人生を描いた映画のタイトルだ。
 この「親戚」は、戸籍上の親戚のことではない。苦難を共にするうちに、親戚のようになった仲間という意味だ。
 その苦難とはもちろん“まり恵の息子たちの自死”であるが、その事件後の周囲の戸惑いからは、まさに「人生の親戚」たる心が読み取れる。
 どうすれば、まり恵の心が少しでも安らぐのか、どうすれば、まり恵の過剰なまでの罪の意識を軽減させることができるのか。
 一部、まり恵を好奇の目で見る者のいるなかで「まり恵の心の傷を恢復させる」ことに挑む彼らの姿は、健気で清々しい。
 他者の悲しみを、限りなく自分のものにしようと努める気持ち・・・そんな「人生の親戚」であろうとする思いが、真に人を救うのだと改めて気づかされる。

 さらにこの物語からは、こんな新たな発見があった。それは、「人は大きな悲しみにぶつかった時、自分を責めることで立ち直ろうとする」ということだ。
 今までそんなこと考えたこともなかった、というわけではない。何かに怒りをぶつけなければおさまりがつかないという経験は、私にもある。
 しかし、まり恵の尋常ならざる自責の念と、その後の心の驚くべき変遷は、改めて「心の恢復の不可思議さ」を思わせる。

 だからこそ、まり恵と、その周囲の人間たちとの「心の通い合い」が眩しい。
 自分の気持ちはあなたにはわからない、あなたの気持ちは自分にはわからない。だけどお互い想いあって、共に人生を歩んでいこうとすることだけは確か――そんな「人生の親戚」関係は、どんな血縁よりも濃く、支えとなる。この作品は、そんな緩い絆の素晴らしさを教えてくれる。

 途轍もなく残酷で悲しい物語だが、最後には思わず、こう叫びたくなるだろう。
 「人間万歳!」と。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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