「三十光年の星たち」

「まあ、おきばりやす。この旅で経験しはることは、なにもかもが、三十年後に大きな宝物になって返ってきます」
 なんだか死地に赴くような心持ちで、仁志は運転席に坐り、エンジンをかけた。

(本文引用)
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 本は時々、強烈に叱咤激励をしてくれる。あるいは鼓舞激励と言ってもよい。
 人が本を読む動機のひとつに、「誰かに自分を奮い立たせてもらいたい」というものがあるのではないだろうか。
 
 そんな気持ちから、私は学生時代には、なぜか実家に大量にあった加藤諦三さんの本を読み、働いてからはいわゆるビジネス本にその役割を求めていた。

 しかし、小説にここまで励まされ、奮い立たされるとは!
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 そんな、これから私のバイブルとなりそうな本とは、宮本輝著「三十光年の星たち」である。


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 場所は京都。

 主人公は、どの仕事も続かないその日暮らしのなか、同居していた女性が多額の借金を抱えたまま行方をくらまし、完全に首が回らなくなった男・坪木仁志。
 優秀な兄弟たちと違う仁志は、父親から忌み嫌われ勘当までされており、もはや頼る相手もいない。

 だが彼は、律儀にも借金だけは返さねばと、空腹に耐えながらも債権者である老人・佐伯平蔵の家を毎月訪れる。
 しかし一向に就職先も決まらず、今月分を払ったらホームレスになるしかない!という状況にまで陥ってしまう。
 そんなとき、佐伯が言った。

 「これから旅に出るから、車を出せ」


 何とその旅とは、佐伯が今まで金を貸し、滞納をしている人間から借金の取立てをする旅だという。
 仁志は、車を運転するだけで借金が少しでも減るのなら・・・と承諾するが、佐伯のねらいはそれだけではなかった。
 
 佐伯は、仁志に借金の取立てをさせるというのだ。

 しかも、それで仁志の就職先は決まった・・・つまり、金貸しの佐伯のもとに就職させるという。

 仁志にそんな経験などあるはずもなく、完全に及び腰になるが、断れば明日はホームレスだ。
 そこで、仁志は恐る恐る答える。

 「自分なりにやってみます」

 しかし、佐伯の答はこうだった。

 「自分なりにという壁を越えるんだ。きみは世の中に出てからずっと自分なりにしか頑張ってこなかったんだ」
 
 佐伯は、借金取りをさせることで、仁志を根本から鍛えようとしたのである。

 最初はどうにも気の乗らない仁志であったが、佐伯と旅を続けるうちに、かつての逃げてばかりの自分が嘘だったように成長していく。

 そこには、数々の人との出会いがあった。

 夫が自殺をし、2人の子供を育てながら毎月3千円ずつ25年以上、佐伯に借金の返済を続け、完済した母親。
 苦しい生活のなか、バイト先の料理屋の廃棄物から「魔法のパスタスープ」を生み出し、佐伯の融資から事業を起こし、自社ビルを持つまでに大成功した女性。
 
 そして京都を彩る陶磁器の目利き、一流の染物職人・・・。

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 仁志の目の前に現れる、厳しくも満たされた人生を送る者たち。
 彼らの共通点は皆、30年間、ひとつのことを続けているということであった。
 
 そして佐伯もまた、30年以上前に想像を絶する悲運に遭い、一時は生ける屍となる過去があった。
 しかし、佐伯は生きた。
 懸命に生きようとする人たちを支援する形で、一度死してなお、30年以上生きてきた。

 そんな人たちと触れ合ううちに、仁志は決める。
 もう、以前のその日暮らしの自分には戻らない。
 これを最低30年は続けるんだ、と。

 その瞳の光を見た佐伯は、仁志に「魔法のスープ」を使ったスパゲティ屋の経営も全て任せることにする。

 最低30年は続けると決めた、魔法のスパゲティ屋。
 その開店初日に現れた客とは・・・?
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 ・・・こうしてあらすじを書いているだけでも、胸がうち震えてくる。

 焦らず、くさらず、あきらめず、愚直なまでに誠実に生きることの何とすばらしいことか!
 読んで数日経ってもなお、興奮が治まらない。
 
 実はこの「三十光年の星たち」は、毎日新聞朝刊に連載されていた作品である。
 著者の宮本輝氏自身、新聞小説連載の話が出たときには、「自分の体がもたない。お断りしたほうがいい」と思ったそうである。
 しかし、宮本さんのなかで、「三十年後の姿を見せろという言葉が大きく鳴り響いた」という。

 そうして完成したのが、この「三十光年の星たち」である。

 そしてまた新聞小説であっただけに、この作品は多くの人を毎朝励ましつづけたらしく、78歳のご婦人からも「30年後の自分を楽しみにしたい」との投書が寄せられたとのことである。

  書を読む楽しみ、ここに極まれり、ではないだろうか。

 著者と読者が互いに励ましあうかのようにして、ひとつの作品が出来上がる。
 これはもはや何十年もかけて造られる聖堂のごとき技、芸術の域だ。

 私も、もう「今が楽しければいい」「今さえよければいい」などという刹那的な思いは捨てよう。
 1日、1ヶ月、1年が30年後の自分を作るのだ。
 30年後に生きているかどうかなんてどうでもいい。「30年後の自分を見せてやる」という意気込みで生きてみよう。

 そして30年後に、自分という星が何光年先まで光を放っているか。
 それを楽しみに、ひとつひとつ人生を積み上げていこうと思う。
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他の宮本輝作品のレビュー→「草原の椅子」
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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