フォークの歯はなぜ四本になったか ヘンリー・ペトロスキー

 「必要は発明の母」というのは真実なのか、それとも他愛のない迷信にすぎないのか?(本文引用)
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 気がつけば、様々なものが形を変えている。
 たとえば缶のプルトップ。以前は、開口部が本体と完全に切り離される形だったが、今はくっついたままだ。
 さらに思いを巡らせてみると、最近とんと缶切りを使わなくなった。ツナやポタージュ、フルーツ等が入っている缶も、全てプルトップ式となっているのだ。
 これは、ケガのリスク低減、ゴミ減量、缶切り不要という大革命を起こしたわけだが、はて、ではこのような発明はどういった発想から来たものなのだろうか。

 「もっと良くしたい」という純粋な思いからなのか?はたまた「こういうところが悪いよね」という、いわばイチャモンから来たものなのか?
 本書では、実用品の形の変化を、その両面から探っていく。

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 まず題材としてとりあげられるのは、タイトル通り「フォークの形の歴史」である。
 これについては、遥か遠く「石を使って肉を調理していた」時代にまで遡る。火傷しないように、木の枝に肉を刺して焼き、焼きあがったら尖らせた石で肉を切り裂いて食べる。著者は、そんな食器の歴史を解説しながら、自らナイフだけで食事をした経験を綴っていく。
 その体験記が、なかなかリスキーで面白い。 

私は食事のあいだじゅう、接待役の人にヒヤヒヤさせられた。彼があまりにも無造作にナイフを使うので、唇を切りはしないか、もっと悲惨なことが起こりはしないかと、最初から最後まで気が気でなかったのである。

 

願わくば、私たちが口にナイフを突っこんでいるときに誰かが後ろからやってきて、挨拶がわりに背中をポンとたたくなんてことがありませんように

 ナイフも確かに便利だが、それだけではやはり危険である。また、「1本のナイフで肉を押えて、もう1本のナイフで肉を切る=固定できないものを切る」という作業は想像以上に面倒な作業で、食べるまでにへとへとになってしまう。
 そこで、古代ギリシャで「肉を鍋から引き上げる用」に使われていた「手の形に似た調理器具」が発展し、いよいよフォークのお出ましとなるわけである。

 以来、歯の数は変遷をたどり、現在の形に落ち着くわけだが、その歴史がトリビアに満ちていて非常に楽しい。
 2本から3本になることで、どんなメリットがあったか。5本でも6本でもなく、なぜ4本でストップしたのか。
 その「フォークの歯 行くも帰るも別れては・・・」とでも歌いたくなるような激動の歴史は、思わず誰かに話したくなる面白さである。

 本書には、他にステープラー(ホッチキス)、クリップ類、ファスナー、ポストイット、浴室等さまざまな発明の歴史が紹介されている。
 新しいところでは、マクドナルドの容器の物語が興味深い。読めばきっと「最近突然見なくなった、あの容器」にハタと気づくことだろう。そしてその容器が消えた背景から、自分が生きてきた社会全体の動きにもハッとすることだろう。
 その場その時に「最良」とされても、長年生き残るとは限らない。発明品には、思わぬ壁が立ちはだかるものなのである。(そういえば最近、芯のいらないホッチキスも、昔ながらのホッチキスの形状に近づけたらしい。使用者の抵抗感を減らすためとのこと。人間の心理も、大きな壁のひとつなのだろう)

 様々な実用品の変遷をたどっていく「フォークの歯はなぜ四本になったか」
 発明の歴史と共に、瑣末な物事に潜む「人の心の妙」をも覗き見ることができる快作である。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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