人類が知っていることすべての短い歴史 ビル・ブライソン

 たとえ地球物理学者でも、自分たちの恵みを数えあげろと言われて、内部がどろどろした惑星に住んでいることをひとつに挙げる人がおおぜいいるとは思えない。しかし、わたしたちの足の下で暴れるマグマなしには、まあ、十中八九、わたしたちは今ここに存在していない。(本文引用)
_______________________________

 以前、日高敏隆氏の「世界を、こんなふうに見てごらん」という本をご紹介した。
 その本にこめられたメッセージは、「データや理論を鵜呑みにせず『なぜ?』をとことん追究せよ」というものだった。

 人間は筋道の通った話を聞くと、それが真実だと思いこんでしまう。しかし、それは「幻を幻でないと思いこませる物語」に過ぎない。あくまで「そのような見方もできる」というだけの話であって、それが正しいかどうかはわからない。よって、世間で「正しい」とされる理論を提示されても、疑問を持ちつづけよと日高氏は語る。
 教科書に書かれていることをそのまま受け取り、その通りの答えを書けば人生は開かれると思いこんでいた私にとって、その提言は衝撃的なものであった。

 では我々は、どこまで「なぜ?」を追い求めればよいのか。
 そのお手本とも言えるのが、この“A Short History of Nearly Everything ”―邦題「人類が知っていることすべての短い歴史」
 宇宙の誕生、生命の進化等々について、徹底的に根源的な視点から解説した本だ。

 本書では、宇宙および地上でみられる様々な謎に迫っていくが、その出発点がすごい。子どものような好奇心なんて言葉では追いつかないほど、原点に立ち返って物事を見つめていく。

 たとえば人間については、こうだ。
 「私」をつくっているのは何兆個もの原子。だが、その原子たちはなぜ、わざわざこうして集まって「私」をつくっているのか。



 それ自身は生命も知性もないのに、なぜ何十年も「私」というものを保たせているのか。時が経てばただの塵となってしまう、この「私」という物質はいったい何なのか。
 「人間」というものが生きられる環境に、たまたま存在しているだけなのに、なぜ「私」は一生懸命学び、働くのか。
 著者は、そのたゆまぬ好奇心を武器に、科学的な視点から人類というものに迫っていく。
 宇宙についても同様だ。
 宇宙が生まれる前の「無」の世界とはどのようなものなのか、なぜ全くの「無」から宇宙というものができたのか、そもそも「何かが起きる」とはどういうことなのか。
 
 著者の投げかける疑問はいずれも気が遠くなるものばかりであり、また確固とした正解が出るものでもない。
 しかし本書を読んでいると、正解を得る楽しさなど、疑問を持ち続ける楽しさに比べたらちっぽけなものなのだと思えてくる。
 無論、だからといって「なぜ?」だけで終わってしまって良いわけではない。疑問を持ったら調べ、考え、答えを見つけ出すことも重要だ。しかし本書のように、「問い」→「答」→「さらに問い」のサイクルを作りだすことは、単純に正解を得るよりもずっと面白い。著者ビル・ブライソン氏は、身を以てそのことを教えてくれているのだ。

 最後に、本書の魅力を象徴している言葉を書いておきたい。
 牧師であり天文界の大家でもあるロバート・エヴァンズ師が、超新星を探しながら語った言葉だ。 

「何も見つからないことにも、じつは、なにがしかの価値があるんです」



詳細情報・ご購入はこちら↓
関連記事
プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

最新記事
シンプルアーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR

書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カテゴリ
広告
記事更新情報
リンク
広告