聖の青春 大崎善生

 「20歳になれて、嬉しいんです。20歳になれるなんて思っていませんでしたから」(本文引用)
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 何度も読み返す本というものがある。それが常に手元にないと不安で、いつの間にか家に2、3冊あるという本がある。
 それをバイブルというのなら、この本はまさに私にとってバイブル-聖書だ。
 
 将棋界の怪童として名を馳せ、名人位が射程圏内に入り、いよいよという時に29年という短い生涯を閉じた村山聖。
 本書は、病と闘い続けた天才棋士・村山聖の生涯を克明につづったノンフィクションである。
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 村山聖は1969年、広島で生まれた。
 元気いっぱいの子どもだったが、3歳の時ネフローゼにかかり、以後重い腎臓病と闘いながら入退院を繰り返す。ベッドの上での生活は、遊びたい盛りの聖にとってあまりに酷なものだった。


 そんなある日、病室にいる聖の気分を少しでも晴らしてやろうと、父親が将棋盤を持ち込む。聖はルールをすぐに覚えたものの、その時は初心者同士のお遊びで終わった。が、その時に覚えた高揚感が“棋士・村山聖”の出発点となる。
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 この本を読んでいると、「命の灯が消えるまで、どんなにその灯が小さくなろうとも、とにかく生きつづけよう」と思う。そして、口幅ったいことを言うようだが、他人の命や人生も大切にしよう、と思わずにはいられなくなる。
 なぜなら本書は、命の連鎖の記録といえるからだ。

 聖は幼い頃から、小さな命が消えていくのを目の当たりにしてきた。
 さっきまで病室で一緒に遊んだ友達が、翌朝には動かなくなる。いつの間にか別室に運ばれて消える。聖はその儚さ、無念さ、恐怖を酷いほど味わってきた。それだけに、聖の命に対する感性は人一倍鋭い。

 師匠がダニを殺虫剤で駆除すると言えば、生きているものを殺すのはかわいそうと訴え、人が溺死したニュースを聞けば、「僕は自分がたとえどうなっても助けるために川に飛び込む」と語る。その思いは、爪や髪を切りたがらないという行動にまで発展する。

 それは聖自身が、己の命が長くないであろうことを察していたからだ。

 熱を出せば、わざと水道の栓をゆるく締め水滴の音を聞き、病院では何個も時計を置き、それを見つめながら生きていることを確認したという聖。その死に対する恐れと生に対する執着は、他者の追随を許さないものだ。
 そしてその思いが将棋に反映され、棋界で昇り竜のごとく勝ち上がっていく聖の姿には胸が熱くなる。

 そんな命を燃やすような聖の闘いは、周囲をも燃えさせる。
 師匠・森信雄氏は聖の奨励会入りに腐心し、時に高熱に苦しむ聖を寝ずに看病し、時に夜中にコンビニに走り、時に下着を洗い、髪を洗い・・・と聖をひたすら支えつづける。
 実は聖は奨励会に入る際、棋界の都合によるトラブルで、奨励会入りが1年見送りになってしまった。それを異常なほど悔しがる聖の姿を見て、森は、健康な人の1年と聖の1年とは違う、聖には時間がないということを思い知る。以来、森は身を捨ててでも聖を支えようと決意する。
 森自身が、もともと優しく清廉な人物なのであろうが、本書からは森自身も聖に支えられていることがうかがえる。命を賭して将棋盤に向かう姿に、森も生きる力をもらっているのだ。

 その命の連鎖は、師弟にとどまらない。当時の将棋界を賑わせた天才たちもまた同様だ。
 本書には、羽生善治についても詳しく触れられている。
 聖と羽生は年齢もほぼ同じだが、将棋と出会った年齢も、将棋に熱中する姿も、またそれを支援する家族の姿も非常に似通っている。
 2人は後によきライバルとなるわけだが、別々の場所でこの2人の天才少年が「将棋」に向かい、ひたすら邁進していく構図には思わず身震いする。
 
 それだけに、聖の追悼集会における羽生の弔辞が胸に迫る。 

「村山さんと同時代でともに戦えたことを私は心から光栄に思います」

 この場面には、涙が滂沱のごとくこぼれた。読みながら、しゃくりあげるように泣いた。
 村山聖は、将棋に命を捧げ、将棋界に命を吹き込み、永遠の旅に出たのである。

 「生きる」とは何か。「生き延びる」とは何か。そして「生き切る」とは何か。
 それを考えたくなったら、またこの本を取り出すことだろう。生きていることを確かめたくなったら、またこの本のページを開くことだろう。
 この本は、私に命をくれる。だからやはり、手元にないと不安なのだ。


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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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