笑い三年、泣き三月。 木内昇

 「でもね、坊ちゃん。どうぞ笑って生きてください。これからいろんなことがあるやろうけど、どうか、笑って生きていってください」
(本文引用)
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 前回の記事で、映画「ライフ・イズ・ビューティフル」について少し触れたが、この小説は日本版「ライフ・イズ・ビューティフル」。まさに「人生は、たからもの」と思わせてくれる作品だ。
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 時は昭和21年、戦争で全てが灰になった東京下町に、ある一人の男が降り立つ。
 彼の名は岡部善造。全国行脚中の万歳芸人だ。万歳とは、「正月に相方と共におめでたい口上を言って福を呼び込む」芸だが、善造のそれは漫談に近いものだった。善造は、その芸ひとつで東京に乗り込んだのである。
 そんな右も左もわからない善造に声をかけたのが、武雄という少年。空襲で両親を失い、食べるものに事欠く状態だった武雄は、善造にとりいることで宿と食べ物を確保しようとする。


 その後、善造は浅草にあるミリオン座という劇場に拾われ、万歳を披露するようになる。ミリオン座には他に踊り子も雇っており、彼らは時代の潮流を捉えながら、ミリオン座の客確保に躍起になる。

 しかし、人々に笑いや喜びを提供するということは、ことのほか難しいものであった。
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 この小説を読んでいると、不思議なことが起こる。笑いながら泣いてしまうのだ。

 何しろ「笑い」を追い求める者達の物語だ。時に横隔膜が痙攣を起こしそうなほど笑ってしまったり、時に「それじゃぁ受けないよ」とシラケたりもする。滑稽なことも無様なことも、嘲笑いたくなることもある。
 なのに、なぜだろう。読みながら、どうしても涙が止まらないのだ。

 それはおそらく、彼らの生き方が、私にこう語りかけてきたからだ。

 「それでも人生にイエスと言う」

 これは、あの「夜と霧」の著者ヴィクトール・E・フランクルの著書のタイトルなのでご存知の方も多いであろう。ナチス強制収容所で生き地獄のような体験をしながらも、決して絶望することなく希望の光を持ち続けた人物の、不朽の名著である。

 ミリオン座のメンバーの生き方からは、そんなフランクルのメッセージが感じられる。
 
 せっかく戦争を生き抜いてきたんだもの。自分を飾らず、人を憎まず、ちょっとでも笑おうよ、前に進もうよ。人生をもっと愛そうよ。その手助けを、私たちがするからさ・・・。


 彼らは、日々「笑い」について試行錯誤を重ね、時にそれが空振りすることもあるが、人生にイエスを言う姿勢だけは変わらない。その誠実さと強さに、私は打たれたのだ。

 とりわけ、主人公・善造が魅力的だ。 

「さあさ、お陽気にまいりましょーう!」

 という口上から繰り出す万歳芸は、格別面白いわけでもない。一時は人気を得るが、時代の流れと共に飽きられ、ついには善造が出てくると「ここぞ」とばかりに弁当を広げ始める客も出てくる。
 しかし彼は、己のスタイルを貫きつづける。自分が経験していないことは決して口にせず、また誰かを揶揄したり馬鹿にしたりすることも絶対に言わない。
 ゆえに、次第に過激さが求められていく「笑い」からは取り残され、善造は「笑い」といものがわからなくなっていく。「笑いには温かさが必要」という信念は徐々に揺らぎ、迷う。
 そんな善造の姿は、もしかすると芸人としては一流ではないかもしれない。しかし、人間として、これほど魅力的な人物はいない。

 特に、幼い武雄を心から慈しみ

「坊ちゃんはすごか子よー。本当に素敵な子よぉ」

と褒めちぎる姿には、胸が締めつけられる。
 さらに武雄に

「おじさんは、自分のことで周りに嘘をついたこと、ありますか?」

と聞かれ、

「おじさんは、なかよぉー」

「だっておじさんは、現実のおじさんにとっても満足しとるもん」

と朗らかに答える場面には、心からまいった。
 他人も自分も心から肯定し、他人の人生にも自分の人生にもイエスと言う。世の中に、これほど美しいものがあるだろうかと、私はあふれる涙を何度もハンカチで拭いた。

 人間の犯す大罪・戦争を経てからもなお、人間を愛し、人生を愛する者たちの物語「笑い三年、泣き三月。」
 本書を読み、私はいっそう「戦争は決して、してはならない」との思いを強くした。
 ミリオン座のメンバーを裏切ってはならない。焼け野原になってもなお「人生は宝物」であることを教えてくれた彼らの足跡を、踏みにじるようなことをしてはならない。そう思うからだ。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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