「世界のたね」

ぼくたちのまわりの世界はいまだに謎だらけだ。
だからこそ、ぼくたちは頭をフル回転して生きていかなければならない。
つまり、この世界で生きていくためには、それなりの代価を支払う必要があるということだ。

(本文引用)
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「大切なものは目に見えない」といったのは、「星の王子様」だったか。

たしかに、私たちは目に見えないものの力で生かされている。
こう書くと、「愛」といった抽象的なものを思い浮かべそうだが、ここではそうではない。

元素、原子にはじまり、微生物、重力、進化、数学の定理、宇宙・・・etc.

挙げればきりがないほど、私たちは肉眼で確認できないものに囲まれている。
こうして息を吸っているだけで、どれだけの「目に見えない」力に支えられていることか。

そして、その「目に見えないもの」と闘った学者たちの恩恵を、どれほど受けていることか。

そんな研究者たちの血のにじむような努力が次々と紹介されている本、それが「世界のたね」だ。



なかでも胸が熱くなったのは、病原菌やウイルスと闘った医学者たち、特に産婦の命を救うことに腐心したゼンメルヴァイスのエピソードだ。

19世紀半ば、ウイーンの病院に勤務していたゼンメルヴァイスは、妊産婦が入院している2つの病棟間での違いに気がついた。

うち1棟で出産した産婦が、もう1棟に比して圧倒的に高い確率で高熱を出し、最悪の場合死亡してしまうのだ。

これはいわゆる産褥熱と呼ばれ、当時、この病で命を落とす産婦が後を絶たなかった。
赤ん坊の成長を見ることなく死んでいく母親の姿に心を痛めていたゼンメルヴァイスは、その「違い」をきっかけに産褥熱の原因を解明していく。
そこで気づいたのは、赤ん坊を取り出す「人間」の違い・・・出産のみに従事する助産師か、病原菌に侵された死体の解剖も行う実習生か。そう、産褥熱にかかる産婦が入院していたのは、後者の病棟だったのだ。

そこからゼンメルヴァイスは、この病気は、「赤ん坊を取り出す人間からの感染症である」、との結論を出した。

そこで彼は、医療従事者側に徹底的に手洗いをさせることで、産婦の死亡率を激減させることに成功した。
(今では考えられないことだが、当時は死体解剖をしたそのままの手で、赤ん坊を取り出していた。)
しかし、時代がそれを許さなかった。
当時はまだ細菌や衛生といった概念がなく、病気の原因については古代ギリシャ時代から伝わる迷信等が横行しており、ゼンメルヴァイスの説は奇異なものとして相手にされなかった。

よって、結局彼の講じた対策は浸透せず、再度死亡する産婦は増え始める。
そして、ゼンメルヴァイス自らも感染症にかかり、失意のうちに命を落とすのである・・・。

このエピソードを読んだとき、私は涙が止まらなかった。
悔しかったろうに、苦しかったろうに・・・と、ゼンメルヴァイスと、亡くなった母親たちに思いを馳せた。

本書では、このように「目に見えないもの」との闘いが数多く紹介されているが、結局、いちばん勝てない「目に見えないもの」とは、「人の心」なのだろう。
冒頭で、「目に見えないものとは愛といった抽象的なものではない」と書いておきながら申し訳ないが、偏見、誤解、欲・・・そんな人間の心のくもりが、科学者たちの一番の敵であり、闘うべきものなのだ。

その荒波を命がけで乗り越えた人たちのおかげで、私たちはこうして生きている。
そして今この瞬間にも、「目に見えないもの」と闘っている研究者たちがいる。

ぼくたちのまわりの世界はいまだに謎だらけだ。
だからこそ、ぼくたちは頭をフル回転して生きていかなければならない。

(本文引用)

そう、知恵と努力と勇気をもって世界を救おうとした、彼ら研究者たちに報いるためにも、頭をフル回転して、感謝の気持ちをもって生きていく。
それが私にできることであり、使命といえるだろう。

私は空を仰ぎ、敬礼をしてページを閉じた。

※ちなみにこの本は、子供達にも読みやすいように、難しい数式などは一切用いず、漢字にはすべてふり仮名が振られている。ぜひ家族みんなで読んでいただきたい。
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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