国際ブックフェスティバルにハルキスト殺到!「多崎つくる」続報

 日経新聞8/25夕刊社会面に、こんな記事があった。

 「『多崎つくる』で村上春樹氏」「主人公と似た経験ある」

 現在、英北部エディンバラで国際ブックフェスティバルが開かれている。
 その会場で、村上春樹氏が「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の執筆過程を語ったという。
 それは、本作の英訳版が発売されたことを受けての対談イベントで、会場にはハルキストが押し寄せ長蛇の列を作ったという。なかには、長距離バスで11時間かけて来たというファンもいたとか。

 その対談のなかで、村上氏は本作の執筆理由について語っているのだが、それは(私としては)ちょっと驚くほどストレートなものだった。 

「自分も主人公と似た(仲間外れの)経験をしたことがある」

「傷ついた気持ちは長い間残る。この感情について書きたかった」


 この執筆理由を聞き、私は全身から力が抜けるほどホッとしてしまった。
 当り前のことかもしれないが、「世界的小説家も普通の人間なのだな」と。

 私はこの小説を読んだ時、村上春樹ワールド云々という前に、昔受けた傷がモソモソと疼くのを感じた。
 女3人で仲良くなり、いつの間にか私以外の2人が特に親密になり、いづらくなって行動を共にするのをやめたこと。
 同じグループの女子が、そのうちの1人を嫌い出し、不本意な気持ちのまま仲間外れに加担することになってしまったこと。
 どれもこれも、何十年も昔の話だ。なのに、振り払っても振り払っても、私の心から離れてはくれない。体の中に、五臓六腑の他に「仲間外れの部屋」があるのではないかと思うほど、いつまでも嫌になるぐらい留まりつづける。おそらく一生、あの時の気持ちを忘れることはないだろう。

 「多崎つくる~」は、そんな傷を思い出させてくれる小説だった。正直に言うと、あまり思い出したくはないのだが、人生においては忘れてはならない経験・気持ちなのだと思う。それを越えてこそ、人生、先に進めるのだろうから。
 読んだ当初、「村上春樹の小説を、こんなに俗っぽく簡単に捉えてしまってよいのかな?」と不安になったが、今回の村上氏の言葉を聞いたことで解消された。ああ、良かった。

 また、この記事によると、村上氏は「小説を書く際の過程」についても触れたらしい。 

「毎日、頭の中にある地下室に下りていく。そこには怖いものや奇妙なものがたくさんあり、そこから戻ってくるには、体も丈夫でなければならない」

 このような言葉は、対談集「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」でも語られているが、いつ聞いてもジンと来る。
 前述の、バスで11時間かけて会場を訪れたというファンは、「村上作品は自分にとって、現実を忘れて迷い込んでいく夢のようなものだ」と語ったというが、まさにそこに村上作品の魅力がある。


 自ら定めた生活スタイルを守り、何キロも走りこみ、深い深い地下室に下りて、地上に戻り、その体力を再度蓄えるために規則的な生活をし、また何キロも走る・・・そしてその繰り返しから生まれた物語は、読者をも引きこみ、地下室に潜らせる。ハルキストの多くはおそらく、その作業に魅入られているのではないか。
 これからも発表されるたびに話題をさらうであろう、村上春樹作品。
 本記事は短いながら、その理由を著者・読者それぞれの視点から書いており、私にとってとても有益かつ味わい深いものであった。

 このような素晴らしい情報をエディンバラより届けてくださったことに、心から感謝する。
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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