人類の星の時間 シュテファン・ツヴァイク

 単に偶発的な成功や、安易な成就は野心を強めること以上には出ないのであるが、全能の運命と十分に取り組んだ結果としての敗北は心情をもっとも崇高な仕方で高めるものであり、あらゆる悲劇のうちのもっとも堂々たるものである。
(本文引用)
__________________________________

 今、夏の全国高校野球選手権大会が行われている。この大会では、毎年様々なドラマが生まれるが、その舞台は甲子園だけではない。
 2014年7月27日、石川大会決勝戦において、信じられないような逆転劇があった。
 8-0、小松大谷の大量リードで迎えた9回裏で、星稜が何と9点を挙げ、甲子園への切符をつかむのである。
 正直に言って、これほどの大逆転だと、勝者にも敗者にも何て声をかけてよいのかわからない。
 そんな時に目に入ったのが、作詞家阿久悠さんの言葉だ。 

「勝つことで得たものと 敗れることで得たものと 秤(はかり)にかけて重さを比べれば やがて同じ目盛になる」

 (朝日新聞「天声人語」2014/07/29より)

 これは、阿久氏が「甲子園の詩」という詩集で書いていたものだそうだが、この言葉を見て、ある本を思い出した。

 シュテファン・ツヴァイク著「人類の星の時間」

 後に国歌となる名曲を一晩で作り上げた名もなき大尉、ナポレオンを世界的英雄に仕立て上げた一人の凡人、絶望の淵から復活し人々の心を照らした作曲家・・・。本書は、そんな「人類の歴史を大きく変える“一瞬”を作った人間たち」を色濃く描いた、不朽の名作だ。




____________________________

 この本の特徴として挙げられるのは、まず有名無名を問わないという点だ。
 確かに、人類の歴史を彩る者たちだけあり、ナポレオンをはじめゲーテやドストエフスキー、ヘンデルなど誰もが知る著名人が多い。しかし一方で、誰もが知る作品を遺しているにも関わらず、膨大な人類の歴史の中に埋もれてしまい、平凡な一市民として生涯を終えた者も紹介されている。

 その点で、なかでも印象的なのが「一と晩だけの天才」ルジェ・ド・リールだ。
 舞台は革命戦争真っ只中の、18世紀末フランス。大尉を務めるルジェはのんびりとした雰囲気を持つ、善良そうな若者だったが、ある日、ストラスブール市長にこんな依頼をされる。 

進発する部隊のために詩を作ってくれまいか

 オーストリアへの宣戦布告、パリからの戦争開始の知らせ・・・それを受け、市長はルジェに「明日、敵軍に向かっていくライン軍隊のために軍歌を作ってほしい」と頼むのである。
 ルジェの音楽の才能を見込んでの依頼だったが、果たしてその歌は人々を魅了し、国歌「ラ・マルセイエーズ」となる。
 後世に残る名曲を一晩、たった3時間で書きあげたルジェだったが、実はその後、不遇の人生を辿る。恩給もなく、汚い仕事にも手を染め、さらに為政者により「ラ・マルセイエーズ」が消されてしまうという憂き目にもあう。

 このルジェの人生、最後の最後で少し報われはするものの、およそ国歌を作った人物にはそぐわない生活を送っている。
 しかし、一瞬の輝きで歴史を作ったという意味で、本書の内容に最もふさわしい人物だと思う。
 星の数ほどの時の中で、星の数ほどの人間が大きなうねりを作っていく。その奇跡がわかるようなエピソードだ。

 さらに本書を読んでいて感じるのは、勝敗は長い目で見ないとわからない、ということだ。
 これを象徴するのは、スコットを描いた「南極探検の闘い」だ。
 20世紀に入り、人々が大陸の形を把握していくにつれ、前人未到の地にあこがれる者が登場する。ある者は北極に旅立ち、そしてある者は南極探検への準備を進める。その後者の一人が、英国海軍大佐スコットだった。

 スコットは、世界で一番に南極点に立つという目標を励みに、極寒の地を歩きつづける。
 しかしそこには、すでに橇の跡があり、南極点にはノルウェーの国旗とアムンゼンの手紙が置かれていた。
 その内容は、ノルウェーの王にこの手紙を届けるよう依頼するものだった。
 スコットは、いわば自分が一番でなく二番であったことを証明する義務を、課せられたのである。
 
 失意のうちに帰路につくスコット一団だったが、帰りは悪天候に見舞われ、ついに彼らは動けなくなる。死を予感したスコットは、凍った手で手紙を2通したためる。1通は妻へ、そしてもう1通は英国に向けたものだったが、その最期の言葉は驚くべきものだった。 

「どうかわれわれが後に遺して行く人々のことをよろしく願う!」

 そんなスコットの優しさと勇気は、世界中の人々に力を与えることとなる。
 南極探検において、確かにスコットは負けた。アムンゼンに先を越され、自然の驚異に打ち勝つこともできなかった。
 しかし、スコットが最後まで同僚や家族への愛を忘れず、全力を尽くしたことは、人々に大いなるエネルギーを与えたのである。

 冒頭で書いた高校野球にこれを当てはめると、いわばアムンゼンは星稜、スコットは小松大谷と言えようか。
 どちらが勝っても文句はいえない。死力を尽くして戦い、結果は潔く受け止める。それでもやはり勝てば嬉しく、負ければ悔しいだろう。
 だが、このスコットの物語を読むと、にわかに阿久悠さんの言葉が、強い説得力を帯びてくる。 

「勝つことで得たものと 敗れることで得たものと 秤(はかり)にかけて重さを比べれば やがて同じ目盛になる」


 人類の歴史は、長い時間をかけて、その秤が釣り合うようにできているのかもしれない。いや、できているのだ、きっと。

詳細情報・ご購入はこちら↓
《送料無料》人類の星の時間

《送料無料》人類の星の時間
価格:2,700円(税込、送料込)

関連記事
プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

最新記事
シンプルアーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR

書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カテゴリ
広告
記事更新情報
リンク
広告