弱いつながり 東浩紀

 観光客は無責任です。けれど、無責任だからこそできることがある。
(本文引用)
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 2014年8月12日の朝日新聞朝刊1面に、ある建物の写真が大きく載っている。それは、今にも崩れそうな、明らかに「廃墟」と言える建物だ。
 しかしその建物は、どんなに古びても壊されることはない。ある忘れてはならない出来事を、長年伝えつづけているからだ。

 今から70年前、ナチスにより600人以上の住民が虐殺された事件――フランス中部オラドゥールにある、焼けた教会や自動車の残骸は、戦争の爪痕を今に伝えている。
 この写真と記事を目にした時、即座に「実際に観てみたい」と思った。

 そう思ったのは、おそらくこの本を読んだからだろう。
 東浩紀著「弱いつながり」


 骨の髄まで入り込んでいくのではなく、「表層を撫でる」ように観光・見物をする「弱い絆」をもつことで、歴史を残す手助けができる。いや、手助けなどと言っては、まだ「強い絆」を意識しているかもしれない。ともかく、義務や使命感などは考えずにまず現場に行き、「ふーん」と眺める。そんな軽やかさを1人ひとりが持てば、強大な力になるのではないか。本書から、私はそんなことを学んだからだ。
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 東氏はまず、「はじめに」において「人間は環境に規定されている」と説く。
 例えば東京大学に行きたければ、東大合格者数の多い高校に行くのが最も効率的であり、お金持ちになりたければお金持ちと付き合うのが良い。そのようにして、人間は環境によって産みだされると東氏は語る。
 
 そしてそれは無論、ネット検索でも同じだ。グーグルは、私たちの思考を先回りして検索結果を出してくる。そんな我々を「環境から予測されるパラメータの集合でしかない」と東氏は断じる。
 では、そんな世の中で「かけがえのない個人」として生きるにはどうすれば良いか。それにはただひとつ、「環境を意図的に変える」しかないと氏は説く――。

 本書には、そんな東氏の旅の体験、観光客としての体験がいくつも書かれている。
 そこでは「簡単にはとれない」と聞いていたビザがあっさりとれたり、日本語検索では出てこなかった情報が現地語検索だとわんさか出てきたり、チェルノブイリ原発で働く労働者を見たりと、現地に実際に行った人にしか書けない事実が、鮮やかに描かれている。
 なかでも、地面を軽く掘ったところ、人骨が見つかったというアウシュヴィッツの旅行記が胸に迫る。 

ぼくは「地球の歩き方」を片手にクラクフ発のバスで行った単なる観光客で、特別のガイドを雇ったわけでも、現地の住民と交流したわけでもありませんでした。数時間アウシュヴィッツに滞在し、まさに「表層を撫でた」だけ。でもそれでも、アウシュヴィッツについて何十冊の本を読むよりも、強烈なものを受け取ったと思っています。

 行ったところで、何ができるというわけでもない。しかし何もできないから、何かすべきだけどできないからという「強い絆」ばかりを求めていたら、その場所に行くことすらできない。
 東氏の主張からは、そんな「『強さ』ばかりを求めて何もしないことへの恐れ」をヒシヒシと感じる。
 よって、東氏は人間の生き方として「観光客タイプの生き方」を推奨するのだが、この主張からは、「歴史を風化させないこと」への情熱が火傷しそうなほど伝わってくる。

 東氏は、本書の随所で、惨劇が起きた場所の「観光地化」を唱えている。
 アウシュヴィッツに行くことができたのも、そこが観光地化していて定期便のバスが出ていたからと言い、ウクライナの人々はチェルノブイリ原発事故の風化を食い止められるのであれば、観光客の訪問も賛成だと語ったと言う。そしてあの福島第一原発についても観光地化を提唱する。 

たしかに観光地化でアウシュヴィッツの「本当にすごいところ」は消えるのかもしれないけれど、それでもやはり観光地化したほうがいいと考えます。いくら俗悪な観光地になっても、それでもやはり悲劇の片鱗は残るし、その片鱗でもひとの人生は十分に変わる。

 この主張を読み、私は自分が「弱いつながり」すらも恐れて、現実逃避しようとしていたことに気がついた。
 「行っても何もできない」「行ったら冷やかしみたいに思われて申し訳ない」。そんな言葉で自分をごまかし、「環境に予測されたパラメータの集合」でしかない自分に安住しようとしていたのだと、ハタと気づいたのだ。

 しかしそれは、世の中にたった一人の「かけがえのない自分」というものを、恐ろしく粗末にしていたのだ。本書を読み、その事実に頭をガツンと殴られる思いだった。

 そして、この「弱いつながり」を持つことは、「かけがえのない自分」を見つけるだけではない。過去に無惨な形で犠牲となった、かけがえのない1人ひとりの人間を弔い、愛することにもつながるのだ。

 いつかきっと行ってみよう。廃墟となった小さな村、オラドゥールにも。
 そう決意させてくれた一冊だった。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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