思い出のマーニー ジョーン・G・ロビンソン

 「どこから不幸が始まるか、なんて、だれにも言えないんじゃない?」
(本文引用)
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 先日、公開初日にこの映画を観てきた。スタジオジブリ最新作「思い出のマーニー」である。
 そっと打ち寄せる波と、早朝に鳴く鳥の声が聞こえるような静かな映画だった。
 しかし、その静かさの底に、人生に対する猛烈な寂しさや苛立ち、絶望感や怒りが感じられた。それだけに希望の光が徐々に射しこむようなラストには、驚きとともにしみじみとした感動があった。観て良かったと思う。

 そこで、このたび原作を読んでみた。
 書かれたのは1946年、舞台はイギリス。「訳者あとがき」によると、最初はただの「マーニー(Marnie)」だったのが、出版直前になり「マーニー」という名のヒッチコック映画が公開されることがわかったため、急きょ「思い出のマーニー(When Marnie Was There)」というタイトルに変更されたという。

 そして読んだ感想は、「観る前に読む!観た後でも読む!」(胃薬の宣伝みたいだが)。当たり前のことかもしれないが、映画・原作両方とも鑑賞することで、よりこの不思議な物語を深く味わうことができ、登場人物の気持ちに寄り添うことができるだろう。
 そして、文字を追いながら己の来し方行く末を思い、「自分がどうあるべきか」をじっくりと考えることができるかもしれない。
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 ロンドンに住むアンナは、プレストン夫人という女性と暮らしている。 





 二人に血のつながりはないが、プレストン夫人は心からアンナを愛し慈しみながら育てる。やや心配性気味ではあるが。
 プレストン夫人が、アンナを心配するのには理由がある。アンナは無口で常につまらない顔をし、学校にもなじめずにいるからだ。
 アンナは、自分を“外側”の人間と自称する。何の外側かというと「目に見えない魔法の輪」。アンナは、誘い合って映画館に行ったりパーティをしたりする人間を、魔法の輪の“内側”の人間と言い、拒絶する。
 生きることにも無気力なアンナのために、プレストン夫人と主治医は、アンナを田舎の知り合い夫婦に預けることにする。
 陽気な夫婦のもとでもアンナの態度は相変わらずだったが、ある日、運命的な出来事が起こる。
 アンナは立ち寄った入り江の先に大きな邸宅を見つけ、そこに住む少女と出会う。
 その美しい少女の名はマーニーといい、アンナとマーニーは、会ったその瞬間から互いを必要としあう。
 初めて会った気がしないと語り合うアンナとマーニーだが、時々二人の間に時間軸がずれるような、不可思議なすれ違いが起きる。
 一体、マーニーとは誰なのか。
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 常々、ジブリ映画は「女の子の成長」を題材としたものが多いと思っていたため、この作品が選ばれたのもわかる気がする。
 楽しそうに暮らす周囲の人間を「内側」と捉え、それに同調しない自分を「外側」とし、常にその定義にそった行動をしようとするアンナ。
 「つまらなそうな顔」をすることを己に課し、心配してもらうことに幾分の喜びと快感を覚えながらも、それを表に出すことを極力抑えようとするアンナ。
 「つまらない子」「退屈な子」と言われることが、嫌なのか本望なのかわからないアンナ。

 そんな彼女の迷走は、自分がつまらない人間である理由を探しては周囲に八つ当たりしているかのようで、正直、やや見苦しいと言えなくもない。
 しかしその心の錯綜が、マーニーと触れ合うことで少しずつほどけ自分と向き合っていく過程は、まさに青少年の成長物語といえるであろう。

 しかしこの物語の面白さは、単なる「子どもの成長」では終わらないところだ。
 たとえば周囲を魔法の輪の「内側」、自分を「外側」とする思考、これは大人も持っているのではないだろうか。
 職場、地域、ママ友、子どもの学校等々、様々な場面で、人は「外側」になることを恐れ「内側」でいることを強く望む。大人の場合は、ややもするとそれが「勝ち組」「負け組」(死語?)などと表現されることになる。アンナのような少女の場合よりも、はるかに厄介かもしれない。

 よって、この物語は大人が読んでも十分価値がある。
 何が「内側」で、何が「外側」なのか。それは、物語ラストのこの会話から、わかるだろう。 

「ずぶ濡れじゃないの! いったい何をしていたの? こんなお天気なのに、外にいたの?」
「ええ」アンナは笑った。「でも、いまは内側にいます!」

 自分とは何か、自分はどうあるべきなのか、自分にとっての幸せとは何なのか。
 そんなことをじっくりと考えさせてくれる名作である。

 ※読みながら、「トムは真夜中の庭で」に似ているなーと思ったが、「訳者あとがき」にもそれについて触れられている。
 主人公のキャラクターこそ大きく違うが、ジョーン・G・ロビンソンは「この先達へのオマージュとした」のではないかと分析する。
 両方とも素晴らしい作品だが、私は「思い出のマーニー」の方が好きかな。(映画を観たからかもしれないが)


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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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