落日燃ゆ 城山三郎

 善き戦争はなく、悪しき平和というものもない。外交官として、政治家として、戦争そのものを防止すべきである。
(本文引用)
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 夏になると、必ずこの本が読みたくなる。そして何度読んでも涙が止まらない。
 私の兄弟や両親も、かつてこの本に涙した。よって装丁等がボロボロになり、先日買い直した。時代の流れだろうか、字が大きく読みやすくなっていた。

 いつでも誰にでも読んでほしい小説だが、集団的自衛権の行使が認められるという歴史的転換を遂げた今年こそ、読んでほしい。
 頑として戦争防止を訴えつづけながらも、軍部にそれを阻まれ、A級戦犯として絞首台に立った元総理、外相広田弘毅。
 責任逃れに必死になる重臣も多かったなか、決して言い訳をすることなく、死刑の運命を受け容れた静謐な男の人生とは――。


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 物語は昭和23年、横浜の火葬場での骨拾いから始まる。数人の男たちが、アメリカ軍の目を盗んで、7つの遺骸をこっそり掘り起こし、伊豆の興亜観音に納めようとする。
 その遺骸の主は、東条英機、土肥原賢二等陸軍幹部らだが、1人だけ軍服ではなく背広を着た文官がいた。元首相・外相である広田弘毅である。

 広田の遺族はその後、決して遺骨を受け取らず、慰霊碑建立の際も姿を見せなかった。
 それは、最後まで平和を訴え続けた広田弘毅の遺志であり、また死刑判決が到底納得できないものである証であった。

 広田弘毅は、福岡県の石屋の息子として生まれる。当初は高等小学校を終えたら石屋を継ぐ予定だったが、あまりも優秀だったため、周囲の説得により中学に進む。そこで日清戦争勃発をみた広田は、次第に外交官を志すようになる。
 広田はいっそう学問に励み、東大在学中から海外への見識を広めるべく精力的に活動。後の首相・吉田茂らとともに外交官試験に合格する。

 名門の子弟が跋扈する世界のなか、広田はひたすら静謐に仕事に励み、研鑽をつむ。また、名門の令嬢を妻とする者も多いなかで、広田は幼なじみの静子と一緒になる。華やかな社交の場が苦手な二人は、互いを思いやりながら、静かで堅実な家庭を築いていく。

 「自ら計らわぬ」を信条とし、巧みに世渡りをするタイプではない広田は、閑職でくすぶることもあったが、誠実で確実な仕事ぶりで次第に頭角を現し、外務大臣となる。

 外相としての広田のポリシーは、あくまで「国際協調」であり、何かと「国防力の拡大強化」や「非常時に即した強力な政治改革」といったものを強調する軍部とは、徹底的に論を戦わせる。 

「開戦の危機というが、いったいどこに戦争の危険性があるのか。軍部は最悪の場合のみ考えすぎる。むしろ問題は、どうしたら、最悪の場合を来せずにすむかに在る。つまり、外交が先決であり、何より外交努力に力を傾注しなくてはならない」

 また、当時蔵相だった高橋是清も、日本が経済不安に陥った際には 

「現に外国が――アメリカでもヨーロッパでも、できるだけ平和的に行こう、すなわち、あらゆる意味において戦争を避けようと思っている矢先に、日本に好戦的な気分があるという空気が、非常に悪い感じを与えて、それが貿易の上に現れてくるのである」

 と述べ、広田の主張を支援する。

 そして広田は言う。 

「私の在任中に戦争は断じてない――」


 広田はその後首相に就任し、それを退いた後も外相に再び着任。一貫して国際協調を説くが、それにも増して軍部が力をつけていき、ついに陸軍大将・東条英機が首相になる。

 そして終戦――昭和20年12月に出された、第二次世界大戦戦犯逮捕令のリストに広田の名があげられ、昭和23年12月23日午前0時20分、絞首刑にて処刑される。
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 この本は、いろいろな読み方ができると思う。
 立身出世の男の伝記とも読めるし、夫婦の愛情の物語とも読める(広田の妻・静子は、広田が処刑されるより前に自殺している。死刑を覚悟した広田を、あの世で待つためである。広田は妻の死を知った後も、手紙の最後に「シヅコドノ」と書いていた)し、清廉潔白な人間の悲劇とも読める。
 そしてどのような読み方をしても、正義や愛情が理不尽な力で倒されるという図に、涙を流すだろう。

 しかし今年は、ちょっと読み方が違う。
 「日本に好戦的な気分があるという空気が、非常に悪い感じを与えて・・・」という高橋是清の言葉に、私はドキリとしたのだ。

 政府は、集団的自衛権の行使が認められることにより「日本が戦争に巻き込まれる危険性は、いっそう低くなった」と楽観視しているが、本当にそうだろうか。
 「海外での武力行使が可能である」ということは、「日本に好戦的な気分がある」と言われても文句は言えないのではないか。
 「戦争の放棄」と「恒久平和不義」は、1か0だ。その壁が一片でもボロリと崩れれば、滑り落ちるように戦争への機運が高まっていく。この小説を読みながら、今の日本を考えていると、そんな恐怖がすぐそこに来ているような気がして震えが止まらない。

 そしてそれは結局、戦地に行かされる者だけでなく、それを決めた者たちをも苦しめることになる。

「階段を十三段上って行って、その上に立つとガタンと板が落ちて、それでおしまいだそうですよ」
「わかっている」
「階段を滑り落ちないように上って下さい」
「よしよし」

 これは、本書に載せられた広田弘毅と息子の会話である。
 こんな悲しい会話を、誰がするのも、私は嫌だ。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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