散るぞ悲しき ~硫黄島総指揮官・栗林忠道~ 梯久美子

 「軍手をしていると、いったん摑んだ骨が手から離れないんです」
(本文引用。硫黄島地下壕での遺骨収集に参加された、遺族の方の声より)
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 2014年7月1日夕方、政府は臨時閣議において、集団的自衛権を使えるようにするための憲法解釈変更を決定した。
 これにより集団的自衛権が認められ、海外での武力行使が可能になった。

 「不戦を誓う憲法9条の空文化」「立憲主義と恒久平和主義に反する」と主張する反対派、そして「日米同盟を強化することで抑止力が高まる」「日本を取り巻く情勢変化に対応できるようになる」とする賛成派。(日本経済新聞7/2朝刊参考)
 様々な主張があるが、その両者間の溝が埋まらない状態で、民意を問うことなく決定してしまったことには憤怒を覚える。
 政府は、集団的自衛権を行使する8つの事例(「武力攻撃を受ける米艦の防護」「日本上空を横切り米国に向かう弾道ミサイルの迎撃」等)を挙げ「集団的自衛権の行使はあくまで限定的であること」を強調するが、賛成・反対いずれの立場からしても横暴な決め方であったことは否めないように思う。


 今後は、この決定に伴う法整備の段階に入るが、そこではより詳細な説明を求めたい。これほど重要な物事を決めるのに、国民を置いてきぼりにすることは断じて許せない。

 そこで今回、手に取ったのが、硫黄島総指揮官・栗林忠道氏を描いたノンフィクション「散るぞ悲しき」。
 第二次世界大戦下、硫黄島で散った陸軍中将・栗林忠道と、彼を慕う兵士たちの涙の記録である。
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 職業軍人であった栗林は、南支派遣軍参謀長として広東に赴任し香港攻略に参加、その後東京防衛の任においては師団長を務める。そして小笠原諸島の守備強化のため、指揮官として硫黄島に赴くこととなる。
 しかしそこは、まず生きては帰れないと言われた場所であった。

 川の1本もなく、地熱と硫黄ガスだけが渦巻く硫黄島。壕を掘れば、地上には米兵が、地下には灼熱が待っている。そんな極限の状況のなか、栗林は住民を本土に避難させ、兵士たちの心を気遣い、1人の発狂者や自決者などを出すことなく戦局を乗り越えていく。

 そんな栗林の心の支えは、家族への愛だった。
 栗林は、子どもの姿を夢で見たこと、お勝手の隙間風の防ぎ方、アカギレへの対処法、体の弱い妻へのいたわり、硫黄島で虫に悩まされていることなどを、夫として父親として家族に書きつづける。

 それは他の兵隊たちも同じであった。
 兵士の中には、出征後に子供が生まれ、ついに子供と会うことがかなわなかった者もいた。
 そんな彼らは、写真を見ては目を細め、 

「こんなお人形さんのように可愛らしい子供を可愛がってくれなくては、世界に可愛がるような子供はいないよ。」

 と手紙に書きつづる。

 しかし戦局は悪化の一途をたどり、栗林の手紙も、自分の死後の整理といった内容に強く傾いていく。そしてついに心のよすがである郵便も途絶え、彼らはそのまま硫黄島で骨となるのである・・・。
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 本書を読み、まず痛感することは「戦争は、何も生み出さない」ということだ。
 国家命令の下で、愛する者たちと別れさせられ、生地獄に連れて行かれ、殺し合いをさせられる。それがいったい何になるというのか。

 では、勝った国は戦争によって何かを得たかと言うと、それも違う。
 本書によると、1985年に硫黄島で行われた、日米元兵士が集まるイベントで、ある男性はこう語ったという。 

「四〇年前、私は日本人ではなく“ジャップ”を殺すためにこの島へやってきた。今、彼らと殺し合ったことを心から悔やんでいるよ」

 彼は硫黄島の戦いで顔に砲弾を受け、戦後22回もの形成手術を受けたというが、悔やんでいるのはそのせいではあるまい。

 また、かの有名な「硫黄島の星条旗」の写真において、星条旗が結び付けられたのは、日本兵が貯めた雨水を利用するために使ったパイプだという。
 旗竿を持っていかなかった米兵が旗をくくりつけるために調達したものが、実は日本兵の命をつなぐ道具だったというのも衝撃的なエピソードだ。
 偶然とはいえ、生存者の証となるもので旗を掲揚したことは、勝ち負けなどを通り越した「戦争をすること自体の愚かさ」を訴えているように思えるのだが、それは感傷的にすぎるだろうか。


 栗林氏がこうして賞賛されるのは、軍人として功績をあげたからではない。一個の尊厳をもつ人間として戦争の理不尽さを静かに訴え、行動に移していたからだ。
 作家・柳田邦男氏が解説で書かれているが、栗林氏は、お国のために国民皆が死ぬべきなどとは考えなかった。
 硫黄島の住民を守るために避難させ、戦局がどんなに悪化しても玉砕や自決などといった無駄な死や、死の美化は許さなかった。
 そして、家族への手紙のなかにも、当時タブーであった戦争への嘆きが痛切に書かれている。
 そして妻へも、こう書き残す。 

「なおこれから先き、世間普通の見栄とか外聞とかに余り屈託せず、自分独自の立場で信念をもってやって行くことが肝心です」

 そして決別の電報には、こう記す。 

「国の為重きつとめを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」

 と。

 なお、この辞世の歌の最後は、大本営により「散るぞ口惜し」と改変され、新聞に発表されたという。そこからは、悲しみの対象が「人の死」が「戦争の勝敗」にすり返られた印象がぬぐえない。

 この度の集団的自衛権行使の決議は、すぐさま戦争に結びつくものではないかもしれない。安倍首相は、ごく限定的な範囲であり、皆を戦地に赴かせるというつもりではないかもしれない。
 しかし今回のような強引な決定をすること自体、すでに「悲しき」を「口惜し」に変えさせる世界の第一歩を踏み出している-そんな気がしてならない。

 1984年、硫黄島を訪れた遺族が軍手で骨を拾おうとしたところ、くっついて離れず、素手で骨を拾うことにしたという。それはまるで、 

「やっと本土から迎えに来てくれた人の手から、絶対に離れまいとしているかのようだった」

 と、遺族は語る。

 その、くっついて離れようとしなかった骨の声を、今こそ深く胸に刻みつけるべきであろう。

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Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
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