うわさとは何か 松田美佐

 うわさとは責任を取らなくてもよいコミュニケーションである。
(本文引用)
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 以前、「噂の真相」という雑誌があった。各界著名人の噂(「天然パーマの俳優●●がストレートパーマを当てたところ、パーマが強すぎて丸ハゲになった」等)について検証していく雑誌だ。
 
 しかし、真の「噂の真相」とは、まさにこの本のことだろう。
 「なぜ、あの『噂』に、人々はあれほど踊らされたのか」、「なぜ、あの都市伝説は長く語り継がれるのか」、「特に大流行する『噂』には、どんな要件が備わっているのか」。
 「噂の内容の真相」ではなく、そんな「噂そのものの真相」を掘り下げていく本書は、噂・デマ・ゴシップの歴史から、それらとの正しいつきあい方まで教えてくれるユニークな本だ。


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 本書はまず、誰でも知っている、あの“伝説の噂”から始まる。1973年のトイレットペーパー買いだめ騒動だ。
 これは、オイルショックによるインフレと物品不足から、各地でトイレットペーパーの買いだめ現象が起こったもので、トイレットペーパーを求めてスーパーに殺到する主婦の写真は、歴史の資料集などにも必ず登場する。
 
 話はそこから、東日本大震災直後の買い占め、関東大震災時の朝鮮人来襲説、そして今なお語り継がれるキング・オブ・デマ「豊川信用金庫の取り付け騒ぎ事件」などへと広がっていく。
 それら社会現象となった噂・デマなどから、著者の松田氏は「信じてしまう噂の条件」を分析していくのだが、これにはドキリとした。なぜなら、松田氏が挙げる条件にかなったデマに、私自身まんまと引っかかりそうになった経験があるからだ。

 あの「口裂け女」の噂(※もちろん本書にも詳しく載っている)すら信じようとしなかった私が、唯一信じ込んでしまった噂。それは、東日本大震災直後に送られてきた「コスモ石油火災」のチェーンメールだ。
 ご存知の方も多いと思うが、これは「震災により千葉県のコスモ石油が火災を起こし、水溶液が飛んでくるため、雨が降ったら傘とレインコートを忘れずに」といったものだ。
 震災翌日、このメールを読んだ私は、あわてて実家の母や会社の上司に同様のメールを送ろうとした。しかし、すんでのところで夫に「ああ、それチェーンメールだよ」とあっさり言われ、大恥をかかずにすんだ。が、結果はどうあれ、あの瞬間、私は完全にその噂を信じ込んでしまっていたのである。

 本書によると、この噂には、人を信じ込ませる要件がいくつか隠されているようだ。
 強すぎない程度の恐怖、「傘やレインコートで防ぐ」という具体的な対応策・・・そんな「適度の不安を喚起させるメッセージ」「実行可能な不安の回避策」の合わせ技が、この噂が拡散した理由だという。
 こう分析されると、「何だそんなことか」と思うかもしれないが、言われてみれば確かにそのとおり。
 「傘とレインコート」という簡単な具体策が示されたことで「そうか、それならすぐに誰にでもできるぞ、知らせなきゃ!」という思いと、「でも知らないでいたら、水溶液にあたってしまう。知らせなきゃ!」という思いがないまぜとなり、何としてでもこの情報を周知させなくてはならないという気持ちになった。
 逆に、もう防ぎようのないものだったり、あまりにも恐怖・被害が強いものだったりした場合は、広げようとは思わなかっただろう。広がる噂・デマには、“理由”があるのである。
 ついでに言うと、「口裂け女」撃退法として「ポマードと3回言う」というのも、その実行可能性の高さから拡散したものといえよう。

 さらに本書では、「都市伝説」から時代の趨勢も読み取っていくのだが、これがまた非常に面白い。
 なかでも「海外旅行に行ってダルマにされた女子大生」の都市伝説がまことしやかに流れた時代と、「女子の大学進学率」や「若年層の海外渡航者数の推移」とを重ね合わせた分析が興味深い。
 とうてい手の届かなかった海外旅行が、徐々に射程距離に入ってきた時代。そこへきた女子大生ブーム。その2つがぶつかった時に突如現れた「ダルマにされた女子大生」の噂。
 今まで、都市伝説といった類は何となく聞き流していたが、こんな分析を読んでしまったら、もう無視することはできない。たとえ馬鹿馬鹿しくても、噂・デマ・都市伝説が流行した背景をじっくりと眺めてみると、時代の姿がくっきりと浮かび上がってくるのだ。この発見は、私にとって大きな収穫だった。

 そして本書で最も注目すべきは、風評被害をいかに防ぐかの対策だ。
 それについて著者は「あいまいさに対する『耐性』を持つこと」と説く。

 松田氏ほか過去の「噂」研究者たちは、噂を構成する不可欠な要素として「あいまいさ」を挙げる。
 たとえば、アメリカの心理学者ゴードン・W・オルポートとレオ・ポストマンは“うわさの公式”を提示しているという。それは

うわさの強さや流布量(R<Rumor>)は、当事者に対する問題の重要さ(importance)とその論題についての証拠のあいまいさ(ambiguity)との積に比例する

 というものである。
 
 震災、オイルショック、経済不安等々、人々は「あいまいな」状況下にいると、何かの情報が欲しくなる。それにしがみつきたくなる。結果を出したくなる。そんな心理状態が、風評やゴシップを呼び、混乱を起こす。
 松田氏は、そんな無用な混乱により、本当に必要な支援や救助が滞ることに警鐘を鳴らす。

 そこで松田氏は、「あいまいさに対する『耐性』を持つこと」の重要性を唱える。
 これは、あいまいさにただ耐え忍ぶという意味ではない。
 あいまいであるからと言って、すぐに情報に飛びつき結論を出さない。あいまいな状況であることを受け入れながら、様々な情報をじっくり見つめていき、長い目で、「少しずつあいまいさを減らしていく」ということだ。
 そして松田氏は、風評被害について“当事者意識を持つこと”を主張する。
 「『気の毒な風評被害』ではなく、『わがこととしての風評被害』と捉え」よ、と。

 時代を映す噂・デマ・ゴシップ・風評・都市伝説・・・。
 それらが耳に入らないよう生活することはおそらく困難だ。ならばどのようにして、それらと付き合い、冷静に行動するか。
 そのヒントが、この本にはたっぷりとつまっている。噂・デマが高速で飛び交うネット時代に、必読の一冊である。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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