言語学の教室 哲学者と学ぶ認知言語学 西村義樹/野矢茂樹

野矢 たとえば野矢茂樹でも、大学生は「野矢はとるのよそう」とか、「野矢、落としちゃった」とかね。「野矢つまらないよ」と言うときには、授業に焦点を当てつつ、人物の側面もある程度活性化してるんですかね。
西村 ははは。

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 誰もが一度は、こんなことを思ったことがあるのではないだろうか。

 「『お電話ください』って、電話機をあげるみたいだよね」

 日常に潜む、よく考えると不思議な表現-「洗濯機をまわす」「鍋が煮える」「ハワイは楽しかった」。これらはいったい、どのような心の働きから発せられるのだろう。
 そんな「言葉の謎」を丁々発止のやりとりで解き明かしていくのが、この「言語学の教室」
 哲学の巨匠・野矢茂樹先生が、生徒となって認知言語学の世界に飛び込んだ傑作講義である。


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 この講義の教師役である西村義樹氏は、認知言語学の専門家である。
 認知言語学とは、「私たちのものの見方・感じ方・考え方、そしてまた生き方や行動様式という観点から、言語を捉えていこうとする学問である」という。
 それに対立するのが生成文法で、これは言語と心の働きとを分けて考えるものだ。

 たとえば、以下の文章AとBの意味を「同じ」と考えるのが生成文法で、「何か違う」と考えるのが認知言語学といえる。

 A.先生が生徒を叱った。
 B.生徒が先生に叱られた。

 A.●●さんが、私に話しかけた。
 B.●●さんが、私に話しかけてきた。

 事実としては、ABとも同じことを言っている。よって「同じ」と考えるのが生成文法だ。
 しかしこの文章、お互いどことなくニュアンスが違う、と思わないだろうか。
 一方の文では、ただ「ああ、そうだね」と思うところを、もう一方では「ええっ!?」と驚いたり心理的圧迫感を感じたり「何で?」と疑問に思ったりと、心が乱れるのではないだろうか。
 その「乱れ」がつまり、認知言語学。言語と心は不可分であるとする考え方なのである(こういう解釈でいいんですよね?)。

 そして先に「行動様式という観点から、言語を捉え」ると書いたように、言語は国民性や文化とも密接に関係している。

 なかでも興味深いのが、日本人特有の言語表現が「日本人がすぐに謝っちゃうことと関係している」という指摘だ。

 たとえば人から物を借りた際、自分のせいではないのに、その物が破損した場合、たいていの日本人は「壊してしまってごめんなさい」と言うだろう。しかし、アメリカ人は“It broke.”と言うらしい。
 たしかに事実としては同じだ。しかし、いくら「同じ事実を指している」からといって、なかなか日本人が「これ、壊れたよ」とだけ言うのも難しいし、アメリカ人が文法を無理やり駆使して「壊した」ではなく「壊してしまった」と表現するのも難しいだろう。
 本書には、そのような例が多数紹介されており、改めて言語と文化・慣習が密接に結びついていることに驚き、心底ワクワクした。

 そんなドキドキワクワク感は、最後まで途切れることはない。
 西村氏の研究の中心である「メトニミー」の項は、さらに面白さ爆発だ。

 これは、当記事冒頭で挙げた「お電話ください」や「洗濯機をまわす」といった言葉の謎だ。
 たとえば、まず例として挙げられているのが「赤ずきん」という言葉。
 よく考えると「赤ずきん」という言葉を聞いて、あのオオカミに食べられる女の子を思い浮かべるのもおかしな話である。
 ではなぜ、あの女の子を思い浮かべるのかと言うと、「赤ずきんという言葉と近接の関係にある対象」を、我々が思い浮かべるからである。
 
 そう考えると、一気に説明がつく。
 電話をもらうのも、洗濯機をまわすのも、鍋が煮えるのも、「そのものを指す」のではなく、「そこからすぐに思い浮かべることができる対象を指していること」に私たちは即座に気づくからである。なーるほど!

 しかし、認知言語学の森はまだまだ深い。
 「『パイプが詰まっている』のと『パイプにゴミが詰まっている』のとではどう違うのか?「『村上春樹を読む』はメトニミーなのか?単なる省略なのか?」「有名人でなくてもメトニミーは成立するのか?」等々、疑問は尽きることがない。

 こうなってくると、あふれるほどメトニミーを使いながら、日々滞りなく生活しているのが不思議に思えてくる。ものの見方や感じ方、習慣など「心の働き」が共通しているからこそコミュニケーションは成立するのだ。
 これは逆に言えば、それが欠けてしまうと途端に成立しなくなるということである。よって自分の言葉や指示が、相手に正しく伝わるとは限らない。いや、伝わらないという可能性が十分あるということを肝に銘じるべきだ、と強く認識した。

 単純に「言語の謎を知りたい」という理由で手に取った本書だが、読み終えた今、(主題とはズレるかもしれないが)究極のコミュニケーション術を教えてもらったような気がする。

 言葉の奥にある小さな謎、そしてその奥にある大きな背景。
 それに迫る認知言語学は、円滑なコミュニケーションの強い味方になるのではないか。
 ワクワクしながら読み終えた今、そんな効用の発現にワクワクしている。

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日本語と英語の考え方の違いは、
この「松本亨 英作全集」でたっぷりと見ることができる。
たとえば、この第4巻「動詞編Ⅱ」において

「あなたの置いていったお金は全部なくなってしまいました」

の英文は

“All the money you left is gone.”

となっている。
 日本語なら「全部使ってしまった」という意味を念頭において
「私」を主語にして訳してしまいそうだが、
英語では「お金」が主語となっている。
ふむふむ。
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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