光と影 渡辺淳一

 一方では天国をのぞきながら、一方では地獄をのぞく。一方では愛を肯定し、一方ではそれを否定する。一方では光をみ、他方では影の部分をみる。そんな矛盾した二つの眼差を相殺しながら一つの眼差になるのが、現代作家の眼なのだと私は思う。
(小松伸六氏による解説引用)
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 2014年4月30日、作家の渡辺淳一氏が亡くなった。テレビ欄等では「愛と性の巨匠 渡辺淳一氏死去」などと書かれていたが、私はあまりそうは思わない。
 
 なぜなら、私が夢中になって読んだのは、「失楽園」以前の作品だからだ。
 
 野口英世の人生を描いた「遠き落日〈上〉 (集英社文庫)」、日本初の女性医師荻野吟子の不屈の努力を描いた「花埋み (新潮文庫)」、簡単な手術のはずが、わずかに頭の位置が下がったために目を覚まさなくなった妻と夫の苦悩を描いた「麻酔 (講談社文庫)」等々・・・。
 どれもこれも、人の病気を治す「医学」というものに真正面から向き合った名作だ。なので、「失楽園」ばかりが注目され、何だか妙に助平な作家のように扱われているのを見ると、私としては違和感がある。

 (しかし、2013年の日本経済新聞「私の履歴書」を読むと、渡辺氏は「そちらの方」を望んでいたのかもしれないとも思う。)
 そこで今回ご紹介したいのは、直木賞受賞(昭和45年度上半期)作「光と影」。医師の気分ひとつで、その後の人生が大きく変わってしまった2人の男の物語だ。
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 時は明治。寺内と小武の2人は、西南戦争で同じような怪我を負ったことから、親交を深める。その怪我とは、右腕の関節上部の粉砕骨折。銃弾の貫通による重傷だった。
 2人の傷はひどく化膿し、抗生物質等もない当時の医学では、切断は免れないものだった。2人は同じ病院で、同じ日に手術を受けることとなるが、そこで突然、運命のいたずらが起こる。

 小武の腕を切断した医師が、次の寺内の手術で「切断をしなければどうなるか、実験をしたい」と言い出したのだ。

 かくして小武は左腕1本となり、寺内は、ほとんど使い物にならないとはいえ、2本の腕を持つことになる。
 優秀な頭脳を持ちながらも、片腕となったばかりに軍から外され、会社の事務員となる小武。
 何とか両腕がそろっていることで、軍で出世を果たし、ついに首相にまでのぼりつめる寺内。

 この2人が見た人生とは――。
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 この作品の面白いところは、一見、寺内が「光」で小武が「影」のようでありながら、実は「人生に光も影もない」ことを描き出している点だ。あるいは、自分から見れば、他人の人生は常に「光」に見える。そんなことをやんわりと示しているように思え、読んだ後、すぐに「自分の人生を他人と比べることの、何と馬鹿馬鹿しいことか」と笑い出したくなる。
 
 それはおそらく、嫉妬に狂う小武の心理が、戦慄するほど生々しく描かれているせいだろう。
 腕を切断した小武は、腐った部分を切り離したため、早々に退院、社会復帰を果たす。しかし腕が残された寺内は、化膿がおさまらず入院は長引き、しばらく凄絶な痛みと戦う。
 そこまではまだ、小武の精神は安定していた。しかしその後、寺内の怪我が快復したと聞いてから、小武の妬みと羨望は次第に暴走していく。そんな小武の爆発しそうな怒りと悲しみが、様々な場面、時代、視点で迫力ある筆致で描かれており、読むだけで発狂しそうになる。
 さらに、そこまで恨みを募らせながら、小武が人生で得たものを考えると、また何ともやり切れない気持ちになる。

 結局、人それぞれの人生に光も影もないのだ。

 たしかにこの小説のタイトルは「光と影」であり、寺内は日の当たる場所を、小武は裏道を歩いているように見える。
 しかし本作は、その構図を描きながら「誰かの人生が光、誰かの人生が影などということはない。あるとすれば、各々の人生のなかに光と影がある。よって、外の光ばかりに目を奪われると、自分の人生の光を見失う」ということを訴えているのではないだろうか。

 メスひとつで他人の人生を光にも影にもしてしまう「医師」という仕事の厳しさ、そして己の心ひとつで自分の人生を光にも影にもしてしまう「人間」という生き物の難しさ、そしてその実は光も影もないという「人生」の奥深さ。
 医師と作家、両方の顔をもつ渡辺氏ならではの小説であると、今改めて驚嘆している。

 このような素晴らしい作品を遺してくださった渡辺淳一氏に、心より御礼申し上げたい。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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