福岡伸一「動的平衡ダイアローグ」から読む、カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」

 つまり記憶とは、死に対する部分的な勝利なのです。
(「動的平衡ダイアローグ」カズオ・イシグロ氏の言葉より)
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 福岡伸一氏の対談集「動的平衡ダイアローグ」を読んでいる。この対談集には、科学者から芸術家まで8名のゲストが登場するが、そのトップバッターなのが、作家のカズオ・イシグロ氏。
 イシグロ氏は、「日の名残り」でブッカー賞を受賞した世界的作家であるが、常に過去の自分をさまようような、つかみどころのない作風が特徴であるように思う。

 この対談では、そんなイシグロ氏の作品の秘密が明らかにされる。とりあげられる作品は、主に「わたしを離さないで」
 映画にもなったベストセラーだが、この作品を語ることで、イシグロ氏はなぜ作家になったのか、なぜこのような作品を書いたのか、そして小説を通して何を伝えたいのかが見えてくる。

 「わたしを離さないで」を読む方、そしてすでに読まれた方にも、この対談は非常に面白く読めるのではないだろうか。
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 まず「わたしを離さないで」とは、どんな物語か。

 このストーリーには、「介護人」と「提供者」という2つの立場が登場する。
 提供者とは、臓器を提供する者であり、4回終えたところで死を迎える。そして介護人とは、その提供者を介護する人間。提供者の体を回復させる仕事をする者である。

 物語は、その介護人であるキャシーの回想形式でつづられる。



 
 キャシーは幼少期、後に提供者となる子どもたちと共に過ごしていた。
 優れた提供者となるべく、生活を拘束される子どもたち。ハリウッド・スターになる夢を見ることも叶わず、外界の人間とは違うことを突きつけられながら、彼らは日々を過ごす。
 しかし彼らには心があり、思春期もあり、それに伴う欲求も出てくる。
 だが、残酷にも彼らは、着実に「提供」への道を強制的に歩かされる。
 そしてキャシーは嘆く。知り合いの提供者が1人ひとりいなくなっていく、と。
 しかしキャシーは、こうも言う。大事な友を失っても、

二人の記憶を失うことは絶対にありません

と。
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 この物語は、対談でイシグロ氏も話しているように「クローン人間」の話である。

 そう聞くと、ロボット的な・・・無機質な印象を受けるかもしれないが、この物語はグロテスクなまでに生々しい。
 施設内での先生のえこひいき、いじめ、性の問題・・・いずれ「提供者」となり、普通に人生を全うすることはできない運命でありながらも、心と体の成長による悩みは次々と押し寄せてくる。そのつど、施設の子どもたちに湧き上がる感情が、この小説では微細に描かれている。だからこそ、この物語は恐ろしい。読むだけで胸がつぶれそうになるのである。

 それについて、「動的平衡ダイアローグ」で、イシグロ氏はこう語る。
 小説家という仕事の目的について、イシグロ氏は

 この世界で生きる人間の感情、あるいは感情的な体験について伝えること

 とし、さらに 

「あなたの感情でもあるのでは? 人間なら誰もが感じる普遍的な気持ちではないですか?」

 と問いかけることであるとしている。

 そしてイシグロ氏は、小説家は人間の経験の細部にまで目を凝らす「顕微鏡」をもっている、と。

 しかしこれでは、クローン人間を題材とした理由としては、まだ足りない。
 対談では、それについても、じっくり触れられている。

 氏によると、海洋学者であり音楽家でもあった父親の姿を見て、「距離を置いて人生を眺める方法」を知り、クローン人間登場という手法を用いて、人間の一生を離れたところから見つめることを示そうとしたという。

 また、これは面白いと思ったのが「記憶の固定」への執念だ。
 イシグロ氏は長崎で生まれ、5歳で渡英。その後、成長するなかで「自分の思う『日本』が存在しない」つまり「『私の日本』が色褪せていく」ことに気づいたのだと言う。
 「日の名残り」も記憶をたどる物語だが、「わたしを離さないで」は、より「記憶」というものに重きが置かれている作品だ。

 提供者としての使命を終えた友人は、たしかに肉体を失った。しかしキャシーの心の中では、友は生き続けている。
 
 そんな「記憶の固定」というものへの、ある意味執着ともいえる思いが、イシグロ氏にこの作品を書かせたのであろう。対談からは、そんな情念が伝わってくる。

 対談では他にも、「わたしを離さないで」を書いている時に思い出した曲など、執筆中のエピソードなども語られている。それを読むと、より「わたしを離さないで」の読み方が変わってき、面白く読めるだろう。
 私は「動的平衡ダイアローグ」を読むにあたって、「わたしを離さないで」を書棚から久しぶりに引っ張り出してきたのだが、その甲斐はあった。福岡伸一氏には、心から感謝せねばなるまい。

 「動的平衡ダイアローグ」と「わたしを離さないで」。
 相乗効果が見込める、この2冊の併読を、ぜひお薦めする。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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