14歳の君へ 池田晶子

 君は意外だろう。嫌いが嫌いで愛だなんて、変だと思うだろう。
(本文引用)
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 前回、ブログに書いた犬飼六岐著「騙し絵」
 世の中を「騙し絵みたいなもの」と断じ、「だからおれたちは二つの眼をしっかり開いて、ひとや物事を見きわめなきゃならねえんだ。でなきゃ、ころっと騙されちまう」という。
 8つの物語を通して、一貫してそのことを訴えたこの小説は、人生や友達、家族について、頭が痺れるほど考えさせてくれる。心から「良い小説」だったと、あらためて猛烈に感動している。

 そこで無性に読みたくなったのが、池田晶子著「14歳の君へ」
 再読してみて、やっぱり良かった。「騙し絵」が描いた様々な心の謎を、一気に解決してくれたからである。
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 まず、なぜ「弁蔵があれほど忌み嫌われ、いじめられるのか」。
 弁蔵はたしかに他の人とはテンポがかなり違うが、どこまでも善良な男である。何も悪いことはしておらず、これからも決して悪いことはしないであろう。それはいじめている人間だって、わかっているのだ。

 では、なぜいじめられるのか。

 作中、弁蔵の数少ない理解者・信太郎が、父親である栄五郎にその理由を聞く。栄五郎は、格別弁蔵に親切にするわけでもないが、弁蔵の悪口を言う妻を厳しく諌める一面がある。信太郎はそんな父親を信頼し、「なぜ弁蔵があれほど嫌われるのか」を問う。

 栄五郎は、自分も決して弁蔵が好きというわけではないと前置きをしつつも、こう答える。

 弁蔵が思うままに生きているのが、気に喰わないのだろう、と。
 世間体を気にせず、良いことは良いと信じて行動し、悪いことは悪いと素直に認める。それで怪我をすることもあるが、まったくこたえる様子がない。しかしたいていの人には、それができない。したくてもできない。そして「つまるところ、弁蔵は変り者」という点が、いじめの原因となっているというのだ。

 そこで、「14歳の君へ」を開く。そこの「個性」という章には、こうある。
 
 個性とは自分が求めるものでなく、「自分にはこうとしかできないし、こうとしか感じられない」ものである。そして、あなたが個性的と感じる人というのは、「自分で自分をどうこうしようという意図をもっていない」人間だという。つまりこれが「騙し絵」の弁蔵である。

 しかし池田氏はこうも語る。そんな「本当に個性的な人間に、君はなりたいと思わないか」としつつも、そういう個性が周囲とひどく異なっていたら、ひどく生きにくいだろう、と。なぜなら「世の人は、自分たちとはひどく違う人間を受け入れないからだ」

 これが、弁蔵親子に対する「いじめ」の構造である。弁蔵はもちろんだが、その息子である正吉も、人目を気にすることなく、「自分はこう感じるんだから、こうする」という生き方を全うしようとする人間だ。現に、日頃自分をいじめている子でも、困っていたら力を貸そうとする。
 普段自分をいじめている人間など、放っておけばよいと考えそうなものだが、正吉はそうではない。相手が誰であろうと、困っていれば助けるというスタンスは崩さない。それがまた、他の子どもたちの神経を逆なでするのかもしれないが、そんな個性的な正吉が本当は羨ましいのである。

 意図しない「自分らしさ」をもつ者と、意図して「自分らしさ」を作ろうとする者。池田さんの提言により、より弁蔵親子といじめっ子親子の心理構造が明確になった。なるほど!

 そしてまたひとつ、弁蔵親子を囲む人間には、いくつか段階がある点も謎だ。

 まず第1段階は、正吉の友である信太郎。彼は明らかに正吉のことが好きである。
 そして第2段階、弁蔵親子に好意をもっているわけではないが、決して意地悪はせず、時として擁護する人物。信太郎の父親・栄五郎、弁蔵宅の隣人・おもん、岡っ引きの源蔵等。
 第3段階は言うまでもない。弁蔵親子をいじめる長屋の住人達である。
 (さらに、弁蔵を利用して悪行に手を染める、とんでもない不届き者がいるのだが、ここまでくると心理状態が不明なので割愛させていただく)

 この段階は、いったい何に基づくものなのであろうか。
 そこで「14歳の君へ」を開く。そこの「友愛」という章には、こうある。

「君は、こうすることができる。嫌いなものは嫌いだ。これはもうどうしようもない。そして嫌いなものはそこにある。これもどうしようもない。だからそのことを自分で認めてしまうんだ」

 そして重要なのが「あの人は嫌いだけど、あの人が存在することは受け容れる」ことである、と。

 それができるかできないかが、第2段階と第3段階の大きな差である。栄五郎や源蔵は、話してもなかなか埒が明かない弁蔵を、決して「好き」ではないだろう。正直、イライラさせられることもあるだろう。しかし彼らは、弁蔵の存在を認め受け容れているのである。
 「俺は弁蔵は好きではない。それは認める。だけどあの人がそこに生きていることは受け容れる。それを侵害する権利は、自分にはない」
 おそらく、そう考えているのである。

 嫌いな相手が、そこに存在していることを受け容れるか、受け容れないか。これが「いじめるか、いじめないか」の差なのである。これは大きな発見であった。

 そして最後。なぜ信太郎は、正吉と友達になりたかったのか。
 正吉は、弁蔵の息子というだけで子供たちに毎日いじめられている。しかし信太郎は、自分もいじめられるかもしれないと恐れつつも、正吉と友達になりたくて仕方がない。毎日、母親や周囲の眼を盗んでは正吉に会いに行き、気が安らぐのを感じる。

 さて、なぜ信太郎はここまでして、正吉と仲良くなりたかったのか。
 それは正吉が、正直で優しく、狡猾さがないからである。この答えが書かれていたのは「14歳の君へ」での、同じく「友愛」の章。
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 池田氏は「優しい人や正直な人は、友達にするに値する」としている。当たり前のことだと思うであろうが、ではこう言われると、どうだろう。 

「もし君の友達が、本当に優しくて計算しない人だったら、そういうずるくて意地悪な君のことでも、困っている時はお互いさまだって、助けてくれることがあるかもしれない」

 そう、正吉は相手がいじめっ子であろうと、困っている時はお互い様だと助けようとする。そんな正吉の姿を見て、おそらく信太郎は「彼となら一生の友情が結べる、豊かな人生が送れる」と直感したのだ。
 もちろん、そんな心と勇気をもつ信太郎に対し、正吉も同じことを感じていただろう。

 何だか「14歳の君へ」の紹介というよりも、前回に引き続き「騙し絵」の話になってしまったが、このような読書ができたことに、私は震えるほど感動している。
 ある本が、ある本を呼び、喜びや感動が何倍にも増幅していく。理解が深まっていく。これだから読書はやめられない!と思わせてくれた、2冊であった。

 犬飼六岐氏と、若くして亡くなられた池田晶子氏に、心から御礼申し上げたい。

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思い出話

4~5年前に読みました。
その前に1『』歳からの哲学『を読んでいました。
息子が高2の時、『このまま高校を卒業して、ぼくはどうなるんだろう?』と不安を訴えた時に、担任の先生に教えていただき、親子で読みました。

なぜ、生きるのか?   やりたい事をみつけるため
そのためには、どうするの?     悩み、考える
そして、それは決して無駄な事ではない
『なるほいど!』と、腑に落ちた感じがしました。

なやんだ末に、息子は大学で哲学を専攻し、立ち止まりながら6年かけて卒業し。新聞記者になりました。
いまだに、考え、悩み、迷いながら活動しています。
現実は、忙しくて立ち止まる暇もないみたいです。

考えるために、悩むために立ち止まる事は無駄ではなく、必要な事
なんですよね
年齢に関係なく、親子で読んで感想を話し合って、しっかり考えるきっかけになってほしい1冊だと思います。

読みながら、私ならどうするか・・・・自分に置き換えながら読んで下さい。

なやみ苦しむ息子を見ながら、また、そんな息子を思い出しながら、ちょっと息苦しさを感じながら読みました。
それも、今となってはいい思い出です
私自信、ちょっと成長した瞬間を感じた1冊かもしれません。


素晴らしいコメントをありがとうございます!

柴わんこ様

たいへん勉強になるコメントをくださいまして、どうもありがとうございます!
素晴らしい息子さんと、その息子さんに心から真剣に向き合う柴わんこ様の姿に感動しました。
まだ子供が小さい私にとって、このようなコメントをいただけるとは望外の喜びです。

以前読んだ「子どもの難問」でも、哲学の効用として「ゆっくり考えること」が挙げられていました。
ともすると、すぐに結論を出そうと焦ってしまう自分にとって、哲学の本を開くことは、ある種の戒めとなっています。

私も子供と共に、ことあるごとに池田晶子さんの本を手に取りたいと思います。

どうもありがとうございました。

ありゃ~

改めて投稿文を読むと『14歳からの哲学』の辺りが、エライ事になっていましたね
ちょっと明かりをおとして、手元用メガネ(最近の呼び方ですけど、老眼鏡のこと・・・)なしだと、時々やってしまいます。

文字の大きな文庫本が、もっともっと出ますように

騙し絵

はじめまして。ご感想、拝読しました。うれしくて、お礼を書き込まずにはいられませんでした。こんなふうに読んでもらえたらいいなと思いながら、この作品を書きました。とくに前回ページの冒頭で引用していただいた文章は、あの一文を書くために物語を構想したといってもいい核心の部分です。作家冥利に尽きます。
こちらこそ、本当にありがとうございました。

感激です!どうもありがとうございます!

犬飼六岐様

コメントをくださいまして、どうもありがとうございます。感動で胸が震えております。
「騙し絵」は日本経済新聞「目利きが選ぶ今週の3冊」で知り、大変面白そうだったため購入いたしました。

冒頭から惹きつけられ、読んでいる間中・・・いえ読んだ後も、弁蔵親子と信太郎のことが寝ても覚めても頭から離れませんでした。
正吉が行方不明になった際に、信太郎が弁蔵に向かって「みんななんて、どうでもいいよ!」と叫んだ場面は、私の心の拠り所となっています。

これからも、心に響く作品を届けてください。

本当にどうもありがとうございました。

プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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