櫛挽道守 木内昇

 幸せの形は人それぞれであっていいはずだけれど、女の幸せはみな同じ形であらねばならないのかもしれない。
(本文引用)
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 幸せは、焦ると手に入らない。焦れば焦るほどすり抜けていく。しかし逆にいえば、焦らず腐らず誠実に生きていれば、たとえ時間はかかっても必ず手に入る。
 それも、世間の枠にはめた幸せでなく、自分が本当に望んでいた幸せが。

 いい年をして、そんなメルヘンチックなことを言うのも気恥ずかしいが、この小説を読み、心からそう思った。そしてそんなことを思える小説に出会えたことが、心底嬉しい。

 木内昇氏の最新刊「櫛挽道守」(くしひきちもり)。
 櫛職人を目指し邁進する女性を描いたこの物語は、「幸せへの焦り」や「世間からの目」からなる世迷事を消し去ってくれる、清廉な一冊だ。


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 時は幕末、舞台は信州、木曽山中。
 そこに暮らす主人公・登瀬は、天才的な櫛職人である父親のもと、一人前の櫛挽となるべく修行を続ける。しかし職人の世界は男性社会。登瀬がいくら望んでも、職人として生きることは叶わない。登瀬は母親に、良い家に嫁に行き子を産むことを強く求められ、櫛職人への夢を諦めかける。
 しかし、櫛作りにかける登瀬の情熱を知る父親は、母親の持ち込む縁談を反故にしてしまう。悪いことに相手は、懇意にしていた問屋の紹介。顔を潰された問屋は、登瀬の家族に辛く当たるようになり、それはそのまま暮らしに響いていく。
 そこに突然、実幸という男が父親に弟子入りし・・・?
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 まずこの小説は、いろいろな読み方ができるだろう。

 世は尊王攘夷派と佐幕開国派とに分かれ、日本が世界から門戸を閉ざすか、門戸を開くかの瀬戸際にある。
 そんななか、小さな集落の家屋の一室で来る日も来る日も櫛を梳りつづけるか、それとも広い世界を見るか。通好みの櫛を少量作るか、一般受けしそうな櫛を大量に作るか。
 つまり「閉ざされた世界」と「開かれた世界」、どちらを選ぶかを読者に考えさせる。
 至るところで「グローバル~」が叫ばれている現代、改めて「広い世界を見ること」=「良いこと」とそのまま受け止めてよいのかを、真摯に問うているように思う。

 それともうひとつ、本作品の登場人物たちは、「せっかち」派と「のんびり」派に分かれている。幸せを求める競争における、いわば「ウサギとカメ」だ。
 その分離を生じさせたのは、ひとえに登瀬の弟の不慮の死による。その出来事を境に、ウサギ派2人―登瀬の母・松枝と妹・喜和―は幸せを求めようと焦り奔走する。

 とりわけ、喜和が内に秘める焦燥感と意地には圧倒される。喜和は、もぎ取るようにして幸せへの切符をつかみ、新たな一歩を踏み出すが、その結果得たものは何ともほろ苦い。
 それと対照的な「カメ」派の代表格が登瀬であり、櫛作りのみならず、人の心を探るのも慮るのも慎重すぎるほど慎重だ。
 それだけに、「ああこのまま登瀬の心は満たされぬまま物語は終わるのか。まあ、そんな終わり方も良いかもしれない」とやや悲しい気持ちで物語のラストを迎えた。が、そこで思わぬ「目の覚めるような幸福」が待っている。
 それはまるで、山にかかる冷たく深い霧が、一気に晴れたかのような清々しさだ。

 もし「今すぐ幸せになりたい」という逸る気持ちが出てきたら、もし「どうしてうまくいかないの」という苛立ちが募ったら、この物語を思い出したい。

 落ち着いて、目の前のことに懸命に取り組んでいれば、自分の思いもしなかった形で幸せは顔を出す。たとえ時間はかかっても、いつかきっと-。

 そんな希望を、確実に持たせてくれるからだ。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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