沈黙の町で 奥田英朗

 「中学生という生き物は池の中の魚みたいなもんでさ、みんなで同じ水を飲むしかないんだよ」
(本文引用)
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 中学2年生の時、いじめを告発したことがある。
 いや、「いじめの告発に付き添っただけ」と言った方が正確か。

 クラスで一番目立つ男子グループで、仲間はずれが起きた。それまで仲良くしていた男子が、少しずつ他のメンバーから距離を置かれ、ついに昼食を一人で食べるようになった。
 それを見た私の友人が、「辛くて見ていられない」と私の手を取って職員室に向かい(これは単に私が学級委員だったからだが)、担任の先生に告発。先生は親身になって聞いてくれ、さっそく放課後に学級会が開かれた。

 それによると、当男子が仲間の悪口をあちこちで言っていたことが判明したため、外したとのこと。仲直りできないかと先生が説得を試みたものの、グループ側の怒りがどうにも収まらず、結局、当男子は他のグループに入るということで決着した。

 以降、いじめがひどくなった様子も見られず、新たに男子を受け入れたグループが彼とにこやかに遊んでいたため安心はしたが、彼が受けた心の傷は、四半世紀経った今でも深く残っているだろう。

 そしてその事件は、未だに私を悩ませつづけている。あの告発で男子は救われたかもしれないが、逆にもっと貶めたことになったのではないか、と。

 自分が仲間外れにされていることを、何の関わりもない女子に同情されるなんて。しかも、クラス全員にそれが明らかにされ、自分の所業まで暴かれるなんて。放っておいてくれても、自分で新しい人間関係ぐらい構築したのに。

 私たちは、男子のプライドをいたく傷つけてしまったのかもしれない。あんな告発や裁判のような学級会などせず、彼自身の力で解決すれば、もっと傷は浅かったのかもしれない。
 私たちのしたことは、自己満足だったのか。大人になった今、改めてそんな疑念にかられ胃が痛くなる。

 前置きが長くなったが、この小説を読んだ今、そんな「あの頃の自分」の思慮の浅さを、まざまざと思い知らされている。
 自分が、年だけとって成長していないという現実も。

 奥田英朗著「沈黙の町で」は、そんな未熟な子供と未熟な大人を鋭くえぐり出した問題作だ。
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 舞台は、東京から電車で2時間ほどの小さな町。その町である日、中学生の死亡事件が起こる。しかも死んだのが学校内ということで、教員や保護者らは激しく動揺する。

 亡くなったのは、町有数の資産家である老舗呉服店の跡取り息子、名倉祐一。死体を調べたところ、祐一の背中には大量の痣があり、警察はいじめ及び殺人を視野に入れて捜査をする。
 祐一の友好関係から捜査線上に浮かんだのは、4人の男子生徒だった。警察は生徒同士の口裏合わせをさせないよう、4人のうち13歳の者を児童相談所に送り、14歳になっていた者は逮捕するという厳しい措置をとる。
 その理不尽な対応に、被疑者の保護者らは憤慨し学校や警察に抗議する。学校側は、被疑者家族と被害者遺族の間に挟まれ対応に苦しむが、徐々に事件の意外な真相が見えてくる。

 その時、子供たちは?そして大人たちは?
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 この作品の魅力は、驚くほど多角的な視点で書かれていることだ。祐一の遺族、被疑者少年の家族、学校の生徒、教師、警察、新聞記者・・・。この事件に少しでも関わる人間たちは、1人も残さずすくいとる勢いで、実に濃密に描いている。
 そこで気づいたことは、前述したように、「子供も大人もひどく未熟な存在である」ということだ。
 警察や検事、教師らは、子供たちを「未完成の人間」と断じ、「考える範囲はわずかでしかない」と言う。
 しかしこの作品の面白いところは、それがそっくり大人にもあてはまることを、残酷なほど突いている点だ。

 なかでもスパイスとなっているのが、祐一の叔父・康二郎だ。康二郎は学校や警察、マスコミに対し、遺族の悲しみを強硬に主張するが、どう見てもはしゃいでいるのである。祐一の母親である寛子は、物おじすることなく権利を訴える康二郎を、最初こそ頼りにしていたものの、次第に強い不快感と不信感をもつようになる。
 しかし康二郎の醜さが露わになればなるほど、それまであまり良い噂のなかった寛子が冷静さを取り戻していくのが、この事件の数少ない救いとなっている。

 さらに、被疑者少年らの家族の描き方も絶妙だ。
 少年らの弁護士として堀田という人物が登場するが、これがまたアクの強い人物で、家族らの神経をことごとく逆撫でする。しかし本当に未熟でエゴが強いのは、果たしてどちらなのか。それまで悪役だった堀田が、その場から離れた途端に、被疑者家族らの本心が透けて見え出した場面には、ただただ愕然。大人のあまりの未完成さと視野の狭さに、思わず笑い、そして泣いてしまった。

 この小説に書かれているのは、「未熟な子供が引き起こした事件」であり、「未熟な大人がこじれさせた事件」だ。
 そして酷いことに、未熟な大人のほうがはるかに醜いことを恐ろしいほど剥き出しにしている。

 中学2年の時の、私の行動も未熟だっただろう。しかし本書を読み、足が震えた。今の私は、あの頃の自分よりも、さらに性質の悪い未熟さをもっているのではないか。そう思えて仕方がないからだ。

 奥田英朗「沈黙の町で」。これほど、出会いたくなかった、でも出会えて良かった、と心から思える小説もなかなかない。

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反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
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