はなとゆめ 冲方丁

 もし人生に腹が立ってしょうがなくなり、ほんの僅かな間でさえ生き続けることが嫌になってしまったときでも、真っ白くて美しい紙と、上等な筆が手に入れば――。
(本文引用)
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 先日、こんな記事を見つけた。

 「清少納言は日本初の主婦ブロガー!? ―冲方 丁インタビュー」

 そう、私もこの作品を読みながら、まるっきり同じことを考えていた。
 清少納言は、日本屈指のアルファ・ブロガーであると。

 自尊心を満足させるには十分な華やかな世界、そこに渦巻く嫉妬と憎悪、出産や子育ての不安・・・。
 そんな「光強ければ、影もまた濃し」を地で行く日常を送っていた清少納言は、ストレス解消を兼ねて日々の出来事をつづっていく。 

 ところが気づけばブログは【拡散】。その人気は世紀を越え、総アクセス数は億をくだらない。


 インターネットのない時代どころか、まさか千年前の人物に、このようなことを思うとは・・・。

 「天地明察」「光圀伝」につづく、冲方丁の歴史小説第3弾「はなとゆめ」
 あの「枕草子」誕生に迫ったこの作品は、まさに花と夢のごとき「一瞬のこの世の春」を描いた平安絵巻である。
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 歌人・清原元輔の娘である清少納言は、ある日、内裏への出仕を命じられる。
 それは、一条帝の妃・藤原定子の女房として仕えること-。才媛であると見込まれての、思わぬ出世であった。

 彼女にとって、それは夢にまで見た世界であったが、その裏ではおぞましいほどの泥仕合が繰り広げられる。

 関白の座をねらう権力争い、敵を追い落とすための根も葉もない噂、駆け引き、そして犠牲になる命。
 
 宮中での存在感を増していくに連れて、その黒い渦に巻き込まれていく清少納言は、いつしか苦しい胸の内を白い紙につづるようになる。
 

紙の上では、わたしは自由でした。


 それが、あの『枕』の始まりであった。
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 この作品からまず伝わってくることは、清少納言の言葉を借りれば「言葉はそれ自体が面白い」ということだ。

 作中にはいくつもの和歌が登場する。相手の教養を試すもの、敵の嫌味をかわすもの、互いの気持ちを確かめ合うもの、気の利かない相手を暗にとがめるもの・・・。
 時に愛を、時に皮肉を、雅な言葉にたっぷりと込めてやり取りする様は、読んでいて実に愉快痛快。三十一文字で、これだけ機知に富んだコミュニケーションが素早くできるとは、貴族のたしなみとはいえ恐れ入る。

 なかでも清少納言が一時期、身を隠した際のこぼれ話には大笑いした。
 
 かつての夫・則光が、宮中で清少納言の居場所を聞かれ、それをごまかすために台所にあるワカメをどんどん口に含んでいったと言う。
 しかし、今にも話してしまいそうな則光の様子を見て取った清少納言は、則光にワカメをおくりつける。
 ところが当の本人は、彼女の真意をはかることができず、「なぜワカメなど贈って寄越したんだ?」とまくしたてる。
 これには、清少納言のみならず読者も口あんぐりといったところであるが、いよいよ頭にきた清少納言は、則光のボケに思い切り突っ込む和歌をおくる。

 このエピソードひとつとっても、清少納言のストレートでユーモアあふれる性格がうかがえるが、それ以上に「言葉の面白さ」が際立っている。
 自然現象、中国の古書、いわゆる駄洒落・・・これらを巧みに使い、持て余した心を伝え合う丁々発止のやり取りは、質量ともに現代のツイッター顔負けである。

 さらに本書を読みわかったことは、「枕草子」の人気の秘密である。
 清少納言の文を源経房がたいそう面白がり、リツイートとばかりに広げたことが事の発端であるが、なぜそこまで「枕草子」は支持を得たか。

 それは、ただの鬱憤晴らしではなく、読む人を喜ばせたいという気持ちにあふれていたからだ。

 「心ゆくまで戯けて楽しみ、機転を利かせたほうが」皇家に喜ばれると言い、大きな悲しみの後に「濡れた紙の花は、風に盗ませるに限る」と語る清少納言。
 恨みつらみは尽きませぬが、笑い飛ばして歩きましょうよ。本書には、そんな清少納言の「枕」にかけた清廉な情熱が、静かに、しかしほとばしるように描かれている。そしてそれは、この作品そのものの魅力にもなっている。そう、いつも美しい言葉で読者を楽しい気持ちにさせてくれる冲方さんこそが、現代の清少納言なのかもしれない(性別は違うが)。

 21世紀の人気作家に、千年前の希代のライターがのりうつった「はなとゆめ」。
 その花降るような文字の舞いは、まさに夢のような時間を与えてくれた。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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