迷惑行為はなぜなくならないのか?「迷惑学」から見た日本社会 北折充隆

 しめくくるにあたって、まず大前提となるのが、「今後、迷惑行為がなくなることは、残念ながら絶対にない」ということである。
(「あとがき」引用)
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 漫画「ブラック・ジャック」のなかで、病気を星にたとえたセリフがある。たしか「次々と生まれては消え、消えてもまた別のものが生まれる」といった言葉だったように思う。
 要するに「永遠になくなることはない」という意味なのだが、本書を読む限り「迷惑行為」もしかり。冒頭の引用部分のように「なくなることは絶対にない」と言えるだろう。

 駐車違反・信号無視・飲酒運転といった交通ルール、電車内での化粧・ヘッドフォンからの音漏れ・痴漢行為・列の横入り・・・そして「歩きスマホ」やベビーカー問題、ツイッター騒動と、まさに「浜の真砂は尽くるとも、世に『迷惑』の種は尽くまじ」である。


 本書は、まず「迷惑行為がなくなることはない」ということを前提とし、そのうえで「なぜ迷惑行為は起きるのか」、「どうすれば少しでも快適に過ごせるのか」を限りなく冷静に分析・提唱する「迷惑ガイドブック」である。
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 著者はまず、「迷惑」と感じる心理の素地となる「社会規範」から解説していく。
 これは、米・ロバート・チャルディーニ教授による「社会規範の分類」にもとづくものだ。
 
 社会規範には、「命令的規範」と「記述的規範」がある。前者は、常識で考えて守るべきものであり、多くは法律等で規定されているものだ。一方、後者は「みんながやっているから正しい」とされる規範である。
 この2つはたいてい一致するのだが、時々両者が食い違うことがある。さあ、そこからだ問題だ。

 たとえば「車の制限速度」である。著者の北折氏は、夜間の幹線国道での運転経験から、「制限速度を守る迷惑・守らない迷惑」について説いていく。
 「命令的規範」にのっとれば、制限速度は守るべきである。しかし、業務用の車両も多い夜の幹線国道において制限速度を守って走ると、「何をノロノロ走っているんだ!」と周囲をイライラさせることになる。
 ドライバーの中には、このようなジレンマに悩んだ経験をお持ちの方も多いであろう。

 なるほど、そう考えるとますます「『迷惑』っていったい何だろう?」という疑問が改めてわいてくる。日頃、安易に「迷惑だ。迷惑だ」と言っているが、その実態は一言ではいえない、つかめそうでつかめないものなのだ。

 さらに本書では、「迷惑行為」の幅を広げ、大なり小なり「迷惑行為」を起こしてしまう人間の心理を、実験データから検証する。
 
 興味深いのは、「慣れ」という心理が起こす迷惑行為だ。
 たとえば信号無視。
 最初は青になるまで待っていたが、周囲が信号無視をしているのを見て、自分もそれに倣うようになる。そうすると恐ろしいことに、他の交差点でも信号無視をするようになり、「信号全般を軽視した態度を形成する」と筆者は実体験をもって唱える。

 私は小さな子供がいることもあり、決して信号無視はしないようにしているのだが、このくだりを読み、これからもその態度は緩めないようにしようと固く誓った。迷惑行為というものは、いかに簡単に「慣れ」て「伝播」してしまうか。その恐怖に心底慄いたからだ。

 その「慣れ」と「伝播」というものは、信号無視にとどまらず「歩きスマホ」、「ツイッター騒動」、「ゴミのポイ捨て」など様々な迷惑行為の温床といえる。信号無視率の調査等を通して、迷惑行為の種子と蔓のようなものを見出すこの見解は、私にとっては非常に新鮮なものであった。

 また著者は、その「迷惑行為」なるものをやめさせる心理作戦を、いくつか紹介してくれている。
 日本の「恥の文化」を使い、自尊心を貶める作戦でせまるもの、先にお礼を言うことで抑止効果を狙うものと、検証データに基づきながら多種多様に伝授する。

 なかでも面白かったのは、「迷惑行為」をめぐる摩擦を引き起こす要因として「面倒」という心理が挙げられていることだ。
 これは「ベビーカー問題」の章で論じられているのだが、電車内における「ベビーカー利用者」および「ベビーカーを迷惑だと主張する者」双方の問題点として、「面倒」という心理が挙げられる、としている。

 ここで「私は、僕は、そんなことない!」などと感情的になっても仕方がない。

 「なぜ自分はベビーカーを利用するのか」あるいは「なぜ自分はベビーカーを邪魔だと思うのか」。その理由をよくよく考えてみると、案外この「面倒」という言葉に行き着くのではないか。著者はこの心理を軸に、「ベビーカー問題」について多角的な視点から考えるよう主張する。
 これは「ベビーカー問題」にかぎらず、あらゆる「迷惑行為」、いやあらゆる「人間の行為」において有効な考え方であり、その心理に耳を傾けることで、より快適な社会生活を営むことができるのではないかと期待する。

 こうして様々な「迷惑行為」について考えていくと、夏目漱石の「草枕」ではないが、「とかくに人の世は住みにくい」と髪の毛を掻き毟りたくなる。
 おそらく著者の北折先生も、そんな思いを抱きながら、日々研究に励まれているのではないかと推察する。

 しかし結局は、北折先生のこの言葉に尽きるような気もする。 

要は、「自分がされたらイヤだ」と思うことはしないことである。



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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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