小暮写眞館  宮部みゆき

 「生きてる者には、ときどき、死者が必要になることがあるんだ」
(本文引用)
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 私事で恐縮だが、昨日の朝、子供が保育園に行きたくないと言い出した。
 そんなとき、今までなら「大丈夫!大丈夫!」ポンッと勢いよく送り出していたのだが、今回は非常にこたえた。悩みの瞬間最大風速という意味では、人生のベスト3に入るかと思うほど苦しみ、職場に着いてからもずっと胸とお腹が痛かった。

 それはきっと、この「小暮写眞館」を読んでしまったせいだ。

 この写真館に持ち込まれる写真は、亡霊、生霊、超常現象と実に様々。しかしそこに写るものは非現実のホラーではなく、今そこにある人情の機微そのもの。その姿は壊れそうなほど繊細で、本書を読み、私は人の心の細やかさを侮っていたのではないかと猛省した。
 だから苦しんだのだ。保育園に行きたがらない子供の姿に-(帰宅後は「明日もみんなと踊りたい!」などと言っていたのでホッとしたが)。
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 主人公・花菱英一が家族と共に引っ越してきた家は、古い写真館付きの住居。
 元の主は死去し写真館はすでに閉店しているが、英一の両親の意向で、花菱家は店舗部分を残したまま住むことにする。

 そんなある日、英一のもとに1枚の写真が持ち込まれる。女子高生がフリーマーケットで買ったルーズリーフに、挟まっていたものだという。




 その写真には、ある家族が写っていた。しかし写っている人物のうち1人は、物理的にあり得ない場所に浮かぶ女性の顔。そう、つまりは心霊写真だったのだ。

 迷惑に思いながらも興味をそそられた英一は、親友と共に写真の謎を追うのだが?
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 「何だ、やっぱりホラーじゃないか」と思われるかもしれない。まぁたしかに、それはそうなのだが、これが驚くほど泣けるのである。いい話なのである。

 本書に登場する、何枚かの“心霊写真”は、いずれも撮影者や被写体の気持ちが写りこんでしまったものである。
 愛し合いながらも引き裂かれてしまった夫婦、ある事情から別れを決めた恋人、精一杯の自己主張を写真に託す少年。
 どれもこれも「不気味」という一言で片づけられそうな写真だが、その裏側に潜む人々の思いには、耳を傾けるべき重みがある。

「世の中にはいろいろな人がいるから、いろいろな出来事も起こる。なかには不思議な事もある」

 これは、花菱家に住居を仲介した不動産会社社長の言葉だが、この物語を読んでいると心底そう思えてくる。
 
 いろいろなことがある人生だもの、そうそううまく行かないよね、思い通りにならなくて当然だよね。泣いたっていいよね、怒ったっていいよね。

 そんな諦めにも開き直りにも似た気持ちが、読みながら静かに湧き起こり、気がつけばため息をついている。

 しかし同時に、こうも思う。
 その思い通りにならない人生を変える力を、人間は間違いなくもっている、と。

 表面上は明るい花菱家だが、実は過去に大きな悲しみを経験しており、誰もそれを克服できていない。
 なかでも、英一の年の離れた弟・光まで長年心を傷めつづけていたという事実は、英一にとって看過できないことであった。

 しかし心霊写真の謎を追ううちに、英一は自分の弱さと向き合い、真の家族再生へと大きく動き出す。

 その姿にはもう、ただただただただ感動。繊細に繊細に書き込まれた心の脆さ、細やかさの描写にも胸打たれたが、それを1つも取りこぼすことなく根気よく拾い上げながら前進していく経緯は、涙なくしては読めない。久しぶりに心から爽やかな気分になった。

 上下巻1000ページ近い大長編だが、誰もが秘める悲しみ、苦しみ、喜びをここまで深く細かく、そして優しく描いた小説もなかなかない。
 今までどれほど、人の心というものを大雑把にしか見てこなかったか。そんなことを痛感させられる小説だった。

 今度、思いを込めて家族にカメラを向けてみよう。そして、たとえ超常現象はないとしても、写真に目を凝らしてみよう。保育園に行きたがらなかった子供の心が、見えてくるかもしれない。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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