陽炎の門 葉室麟

 「ふむ、敵でも味方でもないが、しかし、そなたの敵を敵といたすかもしれぬ。そうなれば味方ということであろうか」
(本文引用)
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 結局私は、こういう物語が心底好きなんだろうなぁ・・・。
 上層部の出世争い、派閥間の政争、それを糺そうとする型破りの配下、巧妙なトリック、意外すぎる黒幕、厚き友情、ほんのり恋愛、そして最後に「(たまには)正義は勝つ!」。
 このような要素が備わった小説を読んでいる時間が、私にとって至福の時だ。
 それをコンスタントに叶えてくれるのは、現代小説では何と言っても池井戸潤さんなのだが、時代小説では間違いなく葉室麟さんだ。

 わけても、この「陽炎の門」は絶品中の絶品。
 かつて友を切腹に追い込み、介錯を務め、後に友の娘を妻とした一人の武士が、その友のために何としてでも生き抜こうとする、執念と信念の物語である。


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 舞台は九州・豊後の黒島藩。武士とはいえ軽格の家に生まれ、貧苦にあえいできた桐谷主水は、懸命の働きが認められ、ついに念願の執政入りを果たす。
 しかし藩内には、主水の出世を快く思わない人間が多い。それは主水にこんな噂がささやかれるからだ。

「出世のために友を陥れた」


 遡ること10年前、藩内において、藩主を誹謗する落書が発見される。城では、それを書いた犯人として芳村綱四郎の名が浮上する。綱四郎は主水の親友であったが、主水は「落書の筆跡が綱四郎のものである」と証言。それが決定打となり、綱四郎は切腹、介錯人として主水が指名される。
 主水は、あの落書は綱四郎のものであると今でも確信をもっているが、自分の証言で友が切腹に追い込まれたことに、今でも心を傷めている。

 また主水は妻として、綱四郎の娘・由布を迎えている。藩主を謗った者の娘に縁談は厳しい、でも主水ならば・・・との周囲の配慮からだった。父親から「決して主水を憎まぬように」と言い聞かされていた由布は、誠実な主水と共に平穏な生活を送る。

 しかし今になり、それを大きく揺るがす事態が起こる。
 何と、由布の弟が主水に仇討をすると言ってきたのだ。

 そのきっかけは、「綱四郎は冤罪である」と訴える一通の手紙だった。差出人の名は「百足」。実はあの落書にも、「百足」の名が記されていた。

 ではこの、今なお生きている「百足」なる人物が、綱四郎を陥れたのか?
 主水も「百足」の罠にはまったのか?
 そしてその「百足」とはいったい誰なのか?

 そこから、主水による「真実を晴らす旅」が始まる。
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 この物語の面白さは、まず何と言っても超絶技巧ともいえるハイレベルな謎解きだ。
 綱四郎と主水の運命を決めた落書、そして今回の手紙、それぞれの書き手について主水は関係者に聞き込みをしてまわるが、そこから少しず~つ少しず~つ明かされて得た結果は、男子体操の「カサマツ宙返り」(=側転跳び1/4ひねり前方かかえ込み宙返り1/2ひねり後方かかえ込み宙返り)かというぐらいの、ひねりにひねりにひねった驚きの着地だ。

 もちろんそこまで高難度の技となるのは、城内での派閥争いや政争、出世競争によるものも大きいのだが、この物語は、そんな時代小説というバーをはるかに飛び越えている点が見どころ。

 なかでも、藩主が主水の付き人として送った、与十郎という男の暗躍が見逃せない。途中、由布に対する横恋慕を打ち明け、由布を主水から引き離すという突飛な行動に出る与十郎だが、彼はいったい主水の味方なのか敵なのか、敵の敵なのか。読まれる際には、ぜひその動向をつぶさにチェックしていただきたい。

 そして黒幕が暴かれてからの主水の決意、それに突き動かされる者達の情動、ギリギリまで(読者も主水も)予想しえなかった「本当の」復讐劇は、まさに圧巻。
 そのスリリングさにはもう、心が刀で縫い付けられたように読みふけった。「そう、そうなのよ、こういう読書がしたかったのよ!私は!」と思わず握り拳を作りながら叫んでしまった(実話)。

 時代小説ということで「読むのが難しそう・・・」と敬遠される方も多いと思う(実際、太郎左衛門や清右衛門などちょっとややこしい名前もある)が、そんな方にもぜひ、現代の社会派ミステリーといった感覚で読んでほしい。
 時代や分野を越えた小説の面白さというものを、存分に堪能できるはずだ。

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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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