さよなら渓谷 吉田修一

 「・・・・・・あの事件を起こさなかった人生と、『かなこ』さんと出会えた人生と、どちらかを選べるなら、あなたはどっちを選びますか?」
 (本文引用)
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 吉田修一の作品を読んでいると、しばしば自分の価値観-正義と言った方が良いだろうか-がわからなくなる。

 たとえば、地味で真面目な女性が、「出会い系」サイトで知り合った殺人犯と逃亡しつづけた「悪人」。
 あのような行動も、私の価値観からすれば所謂「あり得ない」ものだ。

 しかし物語を読んでいる間だけは、それが「あり得る」ものとなる。

 「私もきっと、そうするだろう。いや、そうする以外に考えられない」

 そう思い込まされてしまう。

 つまり、「この本を読んでいる私」というものは消え去り、完全に「この物語の中で生きている私」になってしまうのだ。
 吉田修一の本には、それほどまでに読者を引き込む握力がある。読者の自我など、跡形もなく剥がしてしまう腕力がある。実に恐ろしい作家だ。

 そしてこれもまた、私の価値観を粉々に砕く小説だった。
 2013年6月22日映画公開「さよなら渓谷」
 常識では考えられない絆でつながれた、男と女の物語である。
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 ある渓谷で、幼児殺害事件が起こった。犯人は母親と目されているが、調べが進むうちに、隣に住む若夫婦・尾崎が捜査線上に浮かぶ。
 そこで、事件を追う週刊誌記者が夫婦の過去を追ったところ、夫が過去に重大事件を起こしていたことがわかる。




 そこから引きずり出される様々な事実-どこで、なぜ妻・かなこと出会ったのか、なぜ二人は一緒に暮らしているのか、そしてこれからどうするのか-。

 その裏には、驚くべき、あまりにも悲しい理由があった。
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 ヒューマンドラマを期待して読み始めたのだが、途中で明かされる「夫婦の真相」は、極上の推理小説さながら。
 なので物語後半までは、その巧みさに目を奪われ、「吉田修一さんってミステリーも書けるんだなー。すごいなー・・・」などとホーホー言いながら能天気にページをめくっていた。

 しかし、そこはやはり吉田修一。
 ミステリーの要素を備えつつも、究極の選択を迫る至高の人間ドラマとなっている。

 夫の事件に連なる人間たちの心のうごめき-
 
 人生を壊され、世間に脅えつづける被害者、
 世間が許しても自分が許すことはできず、苦しみあがく加害者、
 そんなこととは露知らず、罪を茶化す第三者、
 かたや被害者以上に心を痛め、病んでいく第三者、
 そして当事者であるにも関わらず、驚くほど事を軽く受け止める加害者

 -それら1人ひとりの人間性に根ざした心模様を、私は時に泣き、時に吐き気を催しながら、ページに顔を埋めるようにして読んだ。
 考えたくもないが、もし私が被害者だったら、加害者だったら、被害者の友人だったら、加害者の共犯だったら、と頭が痛くなるほど考え続けた。

 そして最終的には、ここに辿り着く。

 私は、この夫婦のような選択をするだろうか?

 現実の私は、こうささやく。

 「そんなことは、絶対にしない」

 そして吉田ワールドに入り込んだ私は、こうささやく。

 「そうするしか、ないかもしれない」

 ネタバレになるといけないので、不明瞭なレビューになってしまい申し訳ないが、読みながら、ぜひ「実際の自分」と「物語の中の自分」それぞれがどう判断し行動するか、どう価値観を異にするかを自問自答してほしい。

 そして、何度も「夫」を自分に置き換えて、問うてみてほしい。

 「・・・・・・あの事件を起こさなかった人生と、『かなこ』さんと出会えた人生と、どちらかを選べるなら、あなたはどっちを選びますか?」

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Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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