影法師 百田尚樹

 儂は生涯のほとんどを影のように生き、人を殺めてきた。奴もまた影のように生きた。しかし奴は儂とは違い、人を生かしてきた。
(本文引用)
____________________________________

 -「彰蔵は両手で地面を掻き毟り、犬のような咆哮を上げて、ただ泣いた」-。

 これは、本編ラストの一文であるが(でもネタバレにはならないのでご安心を)、「彰蔵」を私の名前に変えれば、そのまま読み終えた瞬間の私の状態となる。
 それほど激しく心揺さぶられた小説だ。

 「海賊とよばれた男」で本屋大賞を受賞、2013年12月には映画「永遠の0」公開と、今や押しも押されもせぬベストセラー作家となった百田尚樹。
 しかし私は、この作品を一番に推したい。

 時代小説「影法師」

 全人生を賭けて、友を生かそうとした男たちの物語である。


____________________________________

 時は江戸。
 本州の北に位置する茅島藩・筆頭国家老の名倉彰蔵は、ある日、友の死を知らされる。
 
 その友の名は、磯貝彦四郎。
 
 家柄も良く、勉学にも剣術にも長け、人柄も申し分なく皆の憧れだった青年は、若くして不遇の死を遂げていた。

 貧しい下士の身分に生まれた彰蔵(幼名:勘一)は、幼い頃、上士に父親を斬殺される。
 子供たちをかばったが故の悲劇であった。
 その時、泣きじゃくる勘一を励ましたのが彦四郎。それが生涯の友との出会いであった。

 厳然たる武士間の身分差別と闘うため、勘一は勉学、剣術に励み、中士以上の子弟しか入れない藩校に入学を許される。
 そこで勘一は、いじめと身分差別を乗り越え、彦四郎、虎ノ丞、信左ら生涯の友と出会う。

 しかし勘一は、その後も世の中の理不尽さを次々と目の当たりにする。
 特に勘一の心を動かしたのは、一揆を起こした農家が一家もろとも処刑された沙汰。
 老人から5歳の子供まで容赦なく執行される刑の残酷さは、勘一の武士としての使命を確たるものとした。

 米さえ多く実れば、皆が豊かになり、少しでもこのような悲劇はなくなる。

 そう考えた勘一は、かつて不可能と言われていた広大な新田開発に、人生を賭けて取り組んでいく。
 その間、勘一は順調に功成り名遂げていくが、一方、彦四郎の人生は数々の不祥事で坂道を転がるように落ちてゆく。
 しかし、それから20余年、彦四郎が世を去ってから、驚くべき真実が明らかになっていく・・・。
_________________________________

 武士間における絶対の上下関係を越えて、刎頸の契りを結ぶ勘一と彦四郎。
 文字通り「君のためなら首をはねられてもいい」と誓い合う熱き友情と崇高な心は、まるで江戸時代版「君たちはどう生きるか」

 世の中にこれほど慎ましく美しい「心」があるだろうか。これほど愛し敬える「友」がいるだろうか。
 いや、これは小説、フィクションだ。それにそもそも時代だって違う。
 誰かのために本当に命を賭けることなど先ずないだろうし、故にこれほど深い愛情や優しさに気づくことも、現代はないかもしれない。
 しかし、たとえ命は賭けなくとも、勘一と彦四郎、そして虎ノ丞、信左・・・彼らのように清々しく生きてみたい、生きていきたい。心からそう思わせる命の輝きが、この小説にはある。

 さらに本作品の凄いところは、ただ泣かせるだけではない。
 読むものを一瞬たりとも離さない勢いで、様々な出来事が間断なく起こる。それも、どれひとつとして疎かになっておらず、最後の「驚くべき真実」に完璧につながっているのだ。
 そのせいだろうか、単行本1冊にも関わらず、2段組み全3巻ぐらいの小説を一気に読み終えたような充実感がある。

 武家の厳しさ、農家の苦しみ、執政の企み、清らかな恋、隅々まで澄み渡る熱き純粋な友情、そしてミステリー顔負けの真相。

 剣の一振りまで無駄のないストーリー展開で、ぐいぐい読ませ、気がつけば読み手は滂沱のごとく涙を出している。
 「こんな小説が読みたかった!」。そう思わせてくれる傑作だ。

 ちなみに文庫本には、単行本に収められなかった「もうひとつの真相」が書かれている。
 単行本をすでに読んでいる人は損をした気分になるかもしれないが、憤ることはない。

 単行本を読んだ人も文庫を読んだ人も、「これなら許せる」と思える、実に爽やかな「真実」である。

詳細情報・ご購入はこちら↓

関連記事

コメントの投稿

非公開コメント
管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

最新記事
シンプルアーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR

書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カテゴリ
広告
記事更新情報
リンク
広告