色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 村上春樹

 「誰だって重い荷物は好きじゃないさ。でも気がついたときは重い荷物だらけだ」
(本文引用)
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 「人生の折り返し地点なんて思ってたけど・・・とんでもないな」

 深夜営業をしている書店に長蛇の列までできた、村上春樹の新刊。
 私は熱烈なハルキストというわけでは全くないので、発売初日の会社帰りに買ったのだが、通勤電車の中ですぐに物語に惹きこまれた。

 その理由はまず、「あれ?」と驚くほど読みやすかったことがひとつ。
 そしてまたひとつは、私自身が多崎つくるら主要な登場人物とほぼ同じ年であることが挙げられる。


 さらに言えば、人生を達観し、残りの人生を復路と捉えている、ひたすらこなすのみのものと考えている、といった共通点があるように感じられたからだ。

 しかし読み終えて、私の認識はガラリと変わった。

 今が人生の折り返し地点なんて、とんでもない。
 そもそも折り返し地点なんてない。人生はずっと往路だ。

 そんなふうに思えてきたのである。
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 主人公の多崎つくるは、鉄道会社で駅舎設計の仕事をしている。
 つくるは高校時代まで名古屋で過ごし、そこで男女混成の仲良しグループを作っていた。
 しかし東京の大学に入って間もなく、突然その友人たちから絶縁される。
 
 理由を聞かされず、心の傷を抱えたまま16年。
 ついにつくるは彼らを探し出し、絶縁の理由を尋ねる旅に出る。
 そこで知った事実とは・・・?
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 正直に言って、最初は「ずいぶん身勝手で幼稚で早計な人達が集まったものだな」と怒りと苛立ちを感じた。
 しかし、頭の中でつくると共に巡礼するうちに、「人間って案外、そんなものかもしれないなあ」と、心の氷が徐々に解けていった。

 それはおそらく、群青色の空にほのかな明かりが射すような、聞こえるか聞こえないかぐらいの音楽がずっとバックで流れているような、静謐な文章のせいもあるだろう。

 しかしそれ以上に、この作品が現実的な物語でありながら「想像世界の奥深く」、「地下室の下の地下室」に入り込んで描かれていることが、不条理でありながらも説得力をもつ大きな所以ではないか。(対談集「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」より)

 予想以上に長く燻ぶっていたり、忘れていたのにフラッシュバックしたり・・・過去に受けた心の傷というものは、本人も驚くほど快復が遅いものだ。
 そしてそれを乗り越えられず、何かと理由をつけては目をそらし、さらにそんな自分を嫌悪するという悪循環に陥る。
 今は平和に暮らしていても、心の地下室の下の地下室には、誰にも言えず、かといって自分では支えきれないほど重い荷物を閉じ込めている。

 この作品は、そんな「想像世界の、さらにまた深い心の世界」を正面から読者に見せつけている。
 だから読んでいて辛く、にも関わらず強ばった心が溶けていくような感覚に陥ったのだろう。
 
 そして気がつけば、「まだまだ自分は未知の人生を開拓しながら歩いて行かなければならない」。そんな、これからの人生への気構えに武者ぶるいをしていた。

 復路をもたない人生は、ある意味心の傷を完全に過去のものとするように思われるかもしれない。
 しかし、その傷を携え、時に剥がれるかさぶたを見つめながら、ひたすら往路を行く。

 私はそんな人生を送りたい。

 読後、心からそう思った。

詳細情報・ご購入はこちら↓


村上春樹関連の他作品のレビュー→「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」
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No title

最近村上春樹さんにはまっているものです。以前の短編集ばかり読んでいたのですが、最近のものもよんでみようと思いました。

内田樹さんや河合隼雄さんも読むと、楽しいですよ。

弥生様

コメントありがとうございます。

村上春樹さんの作品は、私もそれほど詳しくはなく、理解が難しい作品も多々あります。
そんな時は、村上氏のインタビュー集や内田樹氏、河合隼雄氏の本を合わせて読むと理解が深まるような気がします。
よろしければ、ぜひ!
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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