「赤い指」

時々、思い出しては胸がギュゥッと痛くなる小説がある。

そのひとつが、この「赤い指」である。

当代の人気作家・東野圭吾の小説。
彼の小説は初期の頃からかなり読んできたが、これがいちばん好きだ。
夢中でページをめくるうちに、
「え~~!!そうだったの!?」という驚きと、
「え・・・?そうだったの?・・・」という悲しみとが交互にドンドン押し寄せてくる。
そして胸がギュゥッと痛くなる。

鋭い観察眼と、被害者はもちろん加害者の心も慮る優しさをもった刑事・加賀恭一郎。
そんな彼が活躍するにふさわしい、ミステリーと人間ドラマの両方が存分に味わえるゴージャス小説である。


サラリーマンの前原昭夫は、妻の八重子と中学生の息子、そして認知症気味の母親との4人暮らし。
一見平凡な家庭にみえるが、家の中にはそこはかとなく、どんよりとした空気が漂っていた。

毎日のように姑の愚痴を言い、一方で息子を猫かわいがりして周りが見えない妻。
そしてそんな妻が疎ましく、家に帰るのが億劫な夫。
家族にないがしろにされる年老いた母親。
部屋に引きこもりがちな息子。
そしてまた、そんな息子にした責任をお互いなすりつけ合う妻と夫・・・。
もはや絆や温もりなどとは無縁な家庭、それが前原家の姿であった。

そして、事件は起こった。
近隣に住む、小学校低学年の少女が行方不明になった。
会社帰り、父親らしき男性が女の子を捜す姿を見た昭夫は、迷子にでもなったのだろうと気楽に考え家に着く。
しかしそこに・・・我が家の庭に信じられないものが転がっていた。
その少女の死体であった。

目を疑う昭夫に、さらに今度は耳を疑う事実が妻から聞かされた。
息子が殺したのだろう、と。

すぐさま警察に知らせようとする昭夫に、八重子はとんでもないことを言い出す。
息子の罪を隠したい、と。
こんなことが知れたら息子の一生も家族の一生も台無しだ。息子は全力で守る、と。

「守る」の意味が違うだろう、と妻の思考回路に半ばあきれながら、昭夫はあくまで警察に届けようとするが、八重子はどうしても受け入れない。
根負けした昭夫はついに死体遺棄を決意し、深夜、人気のない公園の公衆トイレに少女の死体を隠す。
少しでも時間を稼ごう、と。

ところが死体はすぐに見つかり、遺体についた芝などから、あっという間に前原家は嗅ぎつけられてしまう。
真綿で首を絞めるような捜査に、もう逃げられないと確信した昭夫たちは、あることを思いつく。それは、思いつきにしては、とてつもなく恐ろしいものだった。

ぼけた母さんを犯人にしてしまえ。

警察の執拗な質問に、あくまで「認知症のお婆さんが犯した罪だ」と言い張る昭夫と八重子、そして息子。
しかし警察の目も節穴ではない。とくに加賀恭一郎の目は。

そうして明かされた真相の底には、あまりにも残酷で悲しい事実が眠っていた。
家族同士で向き合うことのなかった昭夫たちには、誰もわかり得なかった事実が・・・。

その事実を見破るまでの推理も見事なら、前原家が破滅していくまでの描写も生々しく、心に迫る。

とくに印象的だったのが、この言葉。

「親を何だと思ってるんだ」(本文引用)

ひとつの命を奪ったことを反省せず、相変わらず部屋に閉じこもってゲームにふける息子。
それに対し、「親を何だと思ってるんだ」といらだつ昭夫。

しかし昭夫は気づく。

「親を何だと思ってるんだ」

これは、親を殺人犯に仕立て上げようとしている自分自身に向けて、いちばん言うべき言葉ではないか、と。
そんな自分の醜さに嫌気がさしながらも、もう引き返せない昭夫たち。
すでに破綻しかけていた家族が、本当にくだけちり、そして最後には意外な形で本当の家族の姿を取り戻さざるを得なくなる前原家。

彼らの姿を追っていくうちに、私は心の中で彼らを抱きしめていた。そして涙を流した。
何でこんなことになっちゃったんだろうね、と一緒に泣いてあげたくなった。
マニュアルどおりにいくはずもない子育て、介護、家族づくり。
大半の人は大きな問題もなく成長していくが、誰が寸分の間違いもなく育ってきた、育ててきたといえるだろうか。

息子の犯罪は論外にしても、子供を間違った方法で守ろうとした八重子や、実母を厄介払いしようとした昭夫に対し、「そんなことをしてはいけない」と口で言うことはできても、じゃあ正しいことを実践できるかと問われれば、私はうつむいて無言になってしまうだろう。

お父さん指、お母さん指、赤ちゃん指・・・。
家族の象徴ともいえる指。

それが赤く染まったとき・・・ボロボロの傷だらけになり、脈々と流れる血の色に染まったとき、血を分けた家族はやっとひとつになる。

「赤い指」というタイトルは、家族を作り上げていく過程を象徴したものなのかもしれない。



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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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